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日の名残り(カズオ・イシグロ)

人生の黄昏時に沁みる

日の名残り
カズオ・イシグロ(著)
ノーベル文学賞受賞作家のカズオ・イシグロさん。

これまで二作しか読んだことはないけれど、どちらも非常に興味深く面白かったです。

そのカズオ・イシグロさんの代表作と言われている『日の名残り』を読みました。
1956年イギリス。主人公のスティーブンスは、ダーリントン・ホールという立派なお屋敷の執事だ。その名の通り、かつてはダーリントン卿の住まいだったが、今はアメリカ人が買い取って住んでいる。スティーブンスはご主人が変わっても執事としてダーリントン・ホールを切り盛りしている。自分の中の理想の執事像を追い求めながら。ある日新たなご主人がスティーブンスに、休暇をとって小旅行に出るがいいと提案してくれた。自分も館をしばらく留守にするのだから、たまには気晴らしに出かけるといい、と。

真面目で仕事一筋のスティーブンスだったが、かつてダーリントン・ホールで一緒に働いていた女中頭のミス・ケントンから手紙をもらって考えが変わった。結婚して田舎町に住んでいるミス・ケントンが、どうやらこのダーリントン・ホールに帰って来たいと思っているようなのだ。ちょうど新たな使用人を増やさねばならない時だった。もしミス・ケントンが再びダーリントン・ホールで働いてくれるなら、これほど適任な人はいないはず。その相談をするためミス・ケントンを訪ねることにしたスティーブンスだった。
(カズオ・イシグロさん『日の名残り』の出だしを私なりにまとめました)
この小説は、スティーブンスの語りで書かれています。

さすがイギリスの名家に長く支えてきた執事だけに、とても丁寧な語り口です。

「〜と存じます」「〜いたしましょう」「〜でございましょう」といった具合に。

スティーブンスはとても真面目。仕事一筋で生きてきた人だということは読み始めてすぐにわかります。

彼は常に「理想の執事像」を追い求めています。

彼の理想を一言で表せば「品格」。

ご主人様にお支えする態度はもちろん、客人たちへのおもてなしから銀食器を常にピカピカに磨き上げておくことまで、全てにおいて「品格」を大切に務めてきました。

スティーブンスの父親もまた執事でした。そして自分の父親は尊敬できる執事だったと、スティーブンスは考えています。

こんな人物が主人公だなんて、さぞや堅苦しくてつまらない物語かと思うかもしれませんが、あまりにも真面目すぎてオカシイ部分も描かれています。

それは新しいアメリカ人のご主人に対する態度。

アメリカ人のご主人に対しても、これまでのように万事控えめに、ご主人を立てる態度を貫くスティーブンス。だけど、ある時気がつくのです。自分に向かって語られるアメリカンジョークをいつも控えめに受け流して来たけれど、もしかしたらご主人様は自分にもジョークで返してもらいたいのではないかと。いや、きっとそうに違いない、と。

しかしそれはスティーブンスの苦手分野でした。

そりゃそうですよ。これまでの良きイギリス貴族にお支えするなかで、ご主人様に向かってジョークを言い返すなんてことはなかったんですから。

そこでスティーブンスは自分に課題を与えます。毎日必ず数個はジョークを考える、と。

ジョークなんて、宿題として考えるものではないはずなのに、なんて真面目なんだろう、と笑ってしまいます。良き執事たらんとするスティーブンスを愛おしく思える部分です。

ドライブ旅行の間、スティーブンスの回想が語られます。

どんな時も、彼が理想の執事像を追求して来たことがわかるエピソードばかりです。

もちろん、スティーブンスは立派な執事ですから、自慢げな様子はなく、控えめに語られていくのです。

ところが、後半から、スティーブンスは悔いているのかな、と思う語りが増えてくるのです。

何を悔いているのか、それはいくつかあるのですが、大雑把にまとめると

「もしあの時別の道を選んでいたら、違う人生があったのかもしれない」ということ。

それは大きな出来事だけではなく、あの時ひとことだけでも言っておけば、という小さなことも含みます。

だけどスティーブンスはいつも理想の執事でいることを優先して来ました。

そのために手に取ることができなかったものがあることを、年月を経た今、自分でもわかってきたのです。

この小説のタイトル『日の名残り』。

最終章、ミス・ケントンとの再会を終えた後、イギリスの田舎町でスティーブンスは見事な夕日を見ます。沈みゆく夕陽が最後に放つ光「日の名残り」。これはどうやら人生における夕暮れをも意味しているのでしょう。

かつて見送った自分の父親と、ちょうど同じ人生の時間帯を生きているスティーブンスの姿。

きっともっと若い頃に読んでいたらどうってことなく読めたのでしょうが、私自身、人生の夕暮れが近いので、スティーブンスの気持ちがわかりすぎて泣けました。

最も心に沁みた部分をご紹介します。
あの時、もしああでなかったら、結果はどうなっていただろう……。そんなことはいくら考えても切りがありますまい。しまいには気がおかしくなってしまうのが関の山です。「転機」とは、たしかにあるものかもしれません。しかし、振り返ってみて初めて、それとわかるもののようでもあります。いま思い返してみれば、あの瞬間もこの瞬間も、たしかに人生を決定づける重大な一瞬だったように見えます。しかし、当時はそんなこととはつゆ思わなかったのです。(中略)

多少の混乱が生じても、私にはその混乱を整理していける無限の時間があるような気がしておりました。何日でも、何ヶ月でも、何年でも……。あの誤解もこの誤解もありました。しかし、私にはそれを訂正していける無限の機会があるような気がしておりました。一見つまらないあれこれの出来事のために、夢全体が永遠に取返しのつかないものになってしまうなどと、当時、私は何によって知ることができたでしょうか。
(カズオ・イシグロさん『日の名残り』P255より引用。ただし、ネタバレになりそうな部分は略しました)
そうなんです。転機って通り過ぎてから気がつくことが多いんですよね。

そして人生の夕暮れ時になると、時間が無限に与えられているわけではないと気がつくんです。

私も最近、それに気がつきました。

いえ、若い時から理屈としては知っていたのですが、この頃しみじみと、人生は永遠ではないことを実感しています。

スティーブンスは自分の人生を悔やんでいるわけではありません。ですが、振り返ってみるとこれで本当に良かったのかという迷いがあるのは確かです。

自分が良しとしてきた執事像は間違っていなかったのか?自分が手に入れられたかもしれないものがあったのではないか?と。

多分スティーブンスだけではなく、誰もが「後悔」とまではいかなくても、「自分が手にできなかった何か」を思うことがあるのだろう、そんなことを感じる小説でした。

それは「温かな寂しさ」とも言えるものでしょう。

ちなみに、私がカズオ・イシグロさんの作品を読むのは『わたしを離さないで』『クララとお日様』についで三作目。三作とも土屋政雄さんの訳です。読み始めてすぐに心にスッと入ってくるので、私は土屋さんの翻訳と相性がいいのかもしれません。
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日の名残り
カズオ・イシグロ(著)
早川書房
品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々-過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。 出典:楽天
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
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ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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