明るい夜に出かけて(佐藤多佳子)
愛が止まらない。ラジオよ永遠に。 明るい夜に出かけて
佐藤多佳子(著) まずは表紙を二度見してしまいました。向かい合うマイク、ヘッドフォン、そして時計……これはラジオのスタジオでしょう。
私がパーソナリティをさせていただいているコミュニティFMではなく、パーソナリティはしゃべることに専念できるラジオ局のね。 どんな話なんだろう。読まずに済ませられようか。ということで、佐藤多佳子さんの『明るい夜に出かけて』を読むことになりました。 金沢八景駅から程遠いところにあるコンビニでアルバイトする富山くん。訳あって大学を休学している。
人が苦手なので、深夜のシフトに入っている。とは言え深夜にも客は来る。主にスナックやバーで働いている人がやってくるのだ。 しかも日頃酒の席でごむたいなことを言う人間を相手にしているだけあり、「人が苦手です」というオーラを放っている富山くんにも、ぐいぐい話しかけてくる。それをさばききれず、失敗してしまうこともある。 幸い、良いバイト仲間や店長のおかげで、辞めずに済んでいる富山くん。急に辞めたバイトくんの穴埋めに無理な連勤も引き受けるが、唯一譲れないのは金曜日に休むこと。 デートか?と冷やかされるが、そうではない。金曜の深夜、正確に言えば土曜の午前1時から始まるラジオを聞き逃したくないのだ。 そう。富山くんは「リスナー」だ。かつてはネタを投稿する「職人」でもあった。今は訳あって、潜伏しているけれども。 ある夜、中学生に見間違えそうなアニメ声の女の子がコンビニにやってきた。たっぷり1時間かけて漫画を立ち読みしたあと、申し訳のように買い物をして帰った。 レジ打ちをしていた富山くんは驚く。彼女のリュックに「カンバーバッヂ」が付いているではないか。しかも二個も!! それは、富山くんが愛しているラジオ番組のノベルティグッズで、パーソナリティが「最高」と認定した投稿に与えられるものなのだ。 富山くんはまだ持っていない。羨ましいやら悔しいやら。思わず声を上げる富山くん。 そしてアニメ声の女の子のラジオネームが「虹色ギャランドゥ」だと知る。ああ、あの「虹色ギャランドゥ」か! 深夜のコンビニで出会った若者たちが、リアルな世界でも繋がりを持ち、触れ合うことで、自分の生き方も徐々に変わっていく…… (私なりにまとめました。内容に関してはほとんど語っていませんのでご安心を)
最初はなかなかラジオの話が出てこなくて、なーんだ、コンビニで働く若者のお話なのか、表紙はなんだったんだよぉ〜と思いました。 ところが、富山くんが楽しみに聞いているラジオ番組について語り始めると止まらないんですよ、愛が。 ラジオ番組に対する愛、パーソナリティに対する愛。すごいんです。 またそれが実際にあったラジオ番組とパーソナリティの話なので、富山くんの愛だけではなく、著者である佐藤多佳子さんの愛も感じられるのでした。 私もラジオが好きでした。10歳の誕生日、父にラジカセを買ってもらったのがきっかけです。 ナショナル(なつかしー)のモノラルではありましたが、当時は最新式だったのだと思います。 好きだった番組は、平日の夕方の「小沢昭一の小沢昭一的こころ」。学校から帰ってきて一息ついた頃からの放送でした。おじさんが、ボソボソボソボソぼやいているのが面白かった。 音楽番組ではNHKエフエム「ニューヒット歌謡情報」とFM大阪「サンスイ・ベストリクエスト」。 どちらにもリクエストを出しましたよ。毎週のように。 当時はリクエストやコメント投稿の手段はハガキでした。「ニューヒット歌謡情報」は宛先の案内をメロディーに乗せて、ハイ・ファイ・セットが歌っていたので住所をすぐに覚えることができました。 今でも歌えますよ。 「郵便番号はいちごーれい、東京都渋谷区じんなーん、NHKエフエム、ニューヒット歌謡情報♪」 「サンスイ・ベストリクエスト」のパーソナリティは柏村武昭。「木偏にホワイト柏村武昭です」は忘れられない自己紹介です。のちに、国会議員になられた時にはびっくりしました。 普段は聞くことができない平日午前の番組「ありがとう浜村淳です」は祝日に聞きました。 はっきり覚えているのは「大化の改新」の話。浜村さんがあまりに臨場感をもってしゃべるので、思わず「その場にいたんか!?」と突っ込んだものです。 のちに、母校に教育実習に行った時、ちょうど「大化の改新」を教えることになった時には運命を感じました。 そして浜村淳もまっさおなくらいの臨場感で喋ったら、最終日に書いてもらったアンケートに、「先生はまるでその場にいたみたいに話していました」と書かれていて笑いました。 いやー、ラジオって人生にいろいろ影響を与えるもんですねぇ。 当時はレコードは高価でした。ラジカセを買ってもらった理由の一つは、ラジオから流れてくる音楽を録音して、自分だけの音源を作ること。今思うと、コンピュレーションアルバムを作ろうとしていたわけです。 だからパーソナリティがイントロやアウトロに言葉をかぶせると、「チッ!!!録り直さなアカンやん!!」腹が立ちましたねえ。(それなのに今、自分がパーソナリティをしているときは、 さまざまな都合でイントロやアウトロで喋ってしまいます)。 ラジオを聞くだけでは飽き足らなくなって、私もリクエストハガキを書くようになるまで、さほど時間はかかりませんでした。 毎週毎週、ハガキを出す。結果が出るのは翌週以降です。聞けども聞けども私のラジオネームは呼ばれないの。 本当にね、一度も読まれなかったんですよ。情けない。だから番組でハガキを読まれる人が羨ましかったし、憧れていました。 私は今、みのおエフエムとエフエムあまがさきでパーソナリティをしています。 番組を聞いてくださっている方はお分かりかと思いますが、私はリスナーさんに呼びかけるとき「みなさん」と言います。 ラジオはたいてい一人で聞いているから、と、「あなた」と呼びかけるかたもおられます。リスナーさんがどんな状態で聞いておられるのか、考えた末の「あなた」です。 素晴らしい。 でも私は特別な理由がない限り「みなさん」と呼びかけます。 だって私自身いつも、一人でラジオを聞いていたけれど、他のリスナーさんのことを意識していましたもん。 「あ、●●さんのメッセージがまた読まれた、いいなぁ」とか。「〇〇さんは私と同じ曲にリクエストしてはる。でも私のハガキは読まれなかった……ショック……」みたいな感じで。 別々の境遇の人が同じラジオ番組を聞いて、あれこれ井戸端会議できる、ラジオって良いもんです。 話が大きくそれたようですが、この小説を読んでいるとこんなふうに、リスナーである自分をたびたび思い出したのです。 対人恐怖症の富山くんが「虹色ギャランドゥ」とはラジオ番組という共通の話題で盛り上がることができる。そして、その他の若者たちもそれぞれ夢に向かって一歩踏み出していくのがとても爽やかです。 もちろん今のリスナーさんは、ハガキなんて時差のある媒体で番組に参加したりしていません。メールやTwitterで本番中にバンバン参入しています。それゆえの怖さなどもあるのですが、オンタイムの盛り上がりは「昔のリスナー」には羨ましい限りです。 この小説の中で私が自分のこととして取り入れたい事柄があります。それは服装のこと。 ラジオパーソナリティーは基本的にどんな服装をしていても支障はありません。だってラジオですから、リスナーさんには見えないんです。極端な話、ハダカで喋っていたって構わない。 でも、富山くんは言います。 だらしないカッコしてると、声もだらしなくなるような気がする
と。(青字斜体部分は『明るい夜に出かけて』P95より引用)
それ、わかる気がします。 私も番組がある日は、なるべくシャキッとした服装を心がけています。 ともかく、ラジオが好きな方にはお勧めの一冊です。 明るい夜に出かけて
佐藤多佳子(著) 新潮社 今は学生でいたくなかった。きっかけになったトラブルはある。でも、うまく説明できないし、自分でも整理がついていない。実家を出て、バイトしながら、まったく違う世界で、自分を見つめ直すつもりだった。「歴史を変えた」と言われる伝説のあのラジオ番組が小説内でオンエア!「青春小説」に名作がまた誕生した。 出典:楽天 池田 千波留
パーソナリティ・ライター コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。 BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」 パーソナリティ千波留の『読書ダイアリー』 |
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