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卵をめぐる祖父の戦争(デイヴィッド・ベニオフ)

生きることを諦めてはいけない

卵をめぐる祖父の戦争
デイヴィッド・ベニオフ(著)
私がパーソナリティを担当している大阪府箕面市のコミュニティFMみのおエフエムの「デイライトタッキー」。その中の「図書館だより」では、箕面市立図書館の司書さんが選んだ本をご紹介しています。

今回ご紹介するのは、デイヴィッド・ベニオフさんの『卵をめぐる祖父の戦争』

まずはタイトル。

「卵」と「戦争」がどうにもマッチせず、最初は比喩的な意味の「戦争」かと思いました。

しかしすぐに、本物の「戦争」のことだとわかります。

ディビッド・ベニオフの祖父 レフ・ベニオフが体験したのは独ソ戦争でした。
1941年、レニングラードに住んでいたレフ・ベニオフ 17歳。元々裕福とは言い難い生活だったが、ドイツ軍が侵攻してくると、寒さと食糧難に耐える毎日になってしまった。

ドイツに輸送網を断たれているため、食糧も燃料も不足。人々は薪になりそうなものはなんでも剥がして燃やしたし、鳩はもちろん、飼い犬ですらシチューの具にしていた。それどころか人を屠って食糧にしている人もいるらしい。

そんな毎日であってもレフ少年は愛国心に燃えていた。自分たちの国はいつかは勝つのだし、自分はこの街を守り抜くのだと。

ある日、夜空にパラシュートが降りてくるのが見えた。どうやらドイツ将校のようだが、すでに亡くなっているように見える。レフと仲間たちは大急ぎで墜落したパラシュートを探す。亡くなったドイツ兵が身につけている時計など、金目のものを盗るためだ。

戦利品をせしめて喜んでいるところにソ連兵のジープがやってきた。敵であるドイツ兵のものを盗るのは国家の財産を盗むのと同じことで、重大な犯罪とみなされる。一人逃げ遅れたレフは刑務所に連れて行かれてしまう。

囚人は、うまくいってシベリア送り、悪ければ処刑されることをレフは知っていた。というのも、詩人だったレフの父親は、政府の方針に背く詩を書いていたせいで逮捕され、戻ってこなかったからだ。おそらく処刑されたのだろう。

レフが意気消沈していると、もう一人の逮捕者が同じ部屋に入れられた。レフより年上のその青年は脱走兵なのだそうだ。本人は否定しているが、国が敵と戦っている時に脱走するなど、不名誉なことこの上ない。朝が来たらこの脱走兵と一緒に処刑されることになるのか……ますます落ち込むレフだった。

ところが、夜が明けると、二人は立派な建物に案内され、大佐に面会させられることに。

本来なら問答無用で処刑されるところだが、大佐が依頼する特別な任務を果たせば、無罪放免になるという。その任務とは、1週間以内に卵を12個調達してくること。

口に入れられるありとあらゆるものを食べ尽くし、皆が飢えている戦時下のソ連で、卵を12個も調達するなどできるとは思えない。しかし、出来ないと言えば即処刑。だったら無理と思ってもやるしかない。脱走兵と、17歳の少年という妙なコンビは卵を求めて出発するのだった。
(デイビッド・ベニオフさん『卵をめぐる祖父の戦争』の出だしを私なりに紹介しました)
この小説は著者である「私」が、祖父から戦争体験を聞いて書いた回顧録の形式で進んでいきます。

独ソ戦争は第二次世界大戦の一部で、1941年6月から1945年5月まで続きました。

この戦争におけるソ連の軍人・民間人の死傷者の数は第二次世界大戦に関係した全ての国の中で最も多いそうです。いえ、それどころか、歴史上全ての戦争・紛争の中で最大の死者数なのだとか。

私たち読者は、レフ少年と脱走兵コーリャが卵を探して進む間に、彼らの目を通してその悲惨さを味わうことになります。

飢餓の極地で人間を襲って食べようとする人、屋外で夜を過ごしたため立ったまま亡くなっているソ連の敗残兵の姿、ドイツ兵に捕まってしまった兵隊や民間人の受ける扱い、どれもこれも悲惨です。しかしどれほど悲惨なことが書かれていても、どこかにユーモラスな味わいがあるのは、相棒コーリャの人物設定にあると思われます。

コーリャは有能な戦闘員であると同時に、文学をこよなく愛する男。話が上手なのだけれど、疑問に思うと空気を読まずに発言することもしばしば。それなのに外見が良いからか女性にもて、まだ恋を知らないレフをからかってばかり。時には際どい下ネタも連発。全く能天気な人だと思いましたが、そんな彼のおかげでレフは絶望せずに生き延びていけるし、読者も先を読み進めることができるのです。

ただ、そんなコーリャをもってしても中和できない、残酷なシーンがありました。

牧羊犬が戦争に利用されるというものですが、私はそのページを黙って読むことができませんでした。

「なんてことするの!!ひどい!酷すぎる!!」

そう言いながら涙が止まりませんでした。

軍用イルカの話を聞いたことがありますから、牧羊犬の軍事利用も著者の創作ではなく、本当にあったことなのではないかと思います。

人間って本当にひどいことを考えるものです。そして戦争は人間だけに害があるものではないのですね。

著者は「反戦」という言葉をいっさい使わずに、戦争の愚かさや悲惨さを浮き彫りにしていると思いました。

それにしても、レフとコーリャに与えられた奇妙な命令「卵を12個調達すること」のなんと不条理なこと。この命令の目的は、1週間後に結婚する大佐の娘のパーティにケーキを焼くため。大佐の妻が、ケーキのない結婚式なんてありえない、と言ったから。

戦時下のソ連において、国民が想像できる未来は、飢えで緩慢に死ぬか、燃料が尽き極寒の中凍えて死ぬか、それともドイツ軍に攻撃されて死ぬか、いずれも絶望的なもの。そんな時にでも結婚パーティのためのケーキを焼く余裕がある人がいる。どこの国でも「あるところにはある」ということなのでしょう。この贅沢すぎる目的のために卵を見つけることが生き延びる唯一の方法、というのは皮肉です。

ではこの大佐を「地位を利用した嫌なやつ」と感じるかというとそうとも言えません。レフ少年が、大佐がかつてひどい拷問を受けたことがあると見抜く場面があり、単純に善人悪人に分けて考えられないと思えるのです。

人間は体験から学ぶことができるはずなのですが、この小説を読むと、もしかしたら人間は全く歴史から学んでいないのではないかと思えます。というのも、この小説に登場するレフやコーリャたちソ連国民がナチスドイツに対して感じていることは、そのまんま現代(2022年)のウクライナの人たちがロシアに対して感じていることと同じであろうからです。戦争に参加している国の数だけ正義がある、ということでしょう。

『卵をめぐる祖父の戦争』はストーリー展開が面白いだけでなく、さまざまな事を考えさせらる興味深い小説でした。

最後に。戦争は悲惨だけれど、それでも友情は成立するし、恋も芽生えることを著者デイヴィッド・ベニオフは教えてくれています。

どんなに絶望的な状況でも、生きることを諦めてはいけない、そう教えてくれる小説でもありました。
卵をめぐる祖父の戦争
デイヴィッド・ベニオフ(著)
ハヤカワ文庫
「ナイフの使い手だった私の祖父は十八歳になるまえにドイツ人をふたり殺している」作家のデイヴィッドは、祖父レフの戦時中の体験を取材していた。ナチス包囲下のレニングラードに暮らしていた十七歳のレフは、軍の大佐の娘の結婚式のために卵の調達を命令された。饒舌な青年兵コーリャを相棒に探索を始めることになるが、飢餓のさなか、一体どこに卵が?逆境に抗って逞しく生きる若者達の友情と冒険を描く、傑作長篇。 出典:楽天
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池田 千波留
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コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

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