「桃栗三年 柿八年」
誰もが一度は聞いたことがある言葉だと思います。
その言葉に続きがあることをご存知でしょうか?
恥ずかしながら私は知りませんでした。
「桃栗三年 柿八年 柚子は九年で花が咲く」
葉室麟さんの時代小説『柚子の花咲く』の登場人物たちが
逆境に立たされた時や苦しい時に
なんども自分に言い聞かせる言葉です。
***
宝永六年(1709年)、徳川綱吉が亡くなり、
六代将軍家宣の世になったばかりのころ、
瀬戸内に面した日坂藩にある青葉堂村塾の教授・梶与五郎が
何者かに殺された。
その死について、悪い噂がたっていた。
女を連れて物見遊山の旅の途中、
賊に襲われたというのだ。
与五郎は若いころから放蕩児で、
親に勘当された身の上だったのだという。
そして他藩に流れて来て、
教授不在で廃校になりかかっていた
塾の教授になることを申し出た、
食い詰め牢人だったのだ、と。
しかし与五郎の教え子の一人、孫六はその噂に疑念を抱く。
先生は子どもたちと遊んでばかりいるいい加減な教師だったが、
まるで年の離れた兄のような親しみやすい存在だった。
家から弁当を持ってこられない貧しいこどもに、
自分の弁当を与えてしまい、いつもお腹を鳴らしているような人でもあった。
そして、「桃栗三年柿八年、柚子は九年で花が咲く」と教えてくれた。
何事も成し遂げるには時間がかかるものである。
だから途中で投げ出してはいけない、
諦めてはいけないと、諭してくれた。
そんな先生と「噂」はあまりにも似合わない、
そう感じた孫六は、共に学んだ恭平を誘い、
先生の死を調べ始める。
すると今度は孫六が何者かに殺されてしまう。
最初は調査に気が乗らなかった恭平だったが、
師と友が殺害されるにおよんで、本腰を入れることとなった。
そして二人の死が、賊による通りがかりの犯行ではないと確信するのだった。
***
作品が始まってたった三行のところでで
「武士の遺骸」として登場する「梶与五郎」。
彼の人生がどのようなものであったか、
本当の彼はどんな人物であったのかが、
村塾の教え子たちや、彼の周りの人物の言葉から徐々に見えて来ると、
誰が何のために彼を殺したのか、という謎解きよりも、
もっと深い主題が見えて来るように思いました。
正室ではない女性から生まれた男子(しかも長男ではない)が
この時代に、どのような未来を夢見ることができたのか、
また、一度道を踏み外した人物が、やり直せたのか、など
読んでいて、しんみりするのです。
しかし、この小説に登場する人物たちの居住まいの正しさが
作品を爽やかにしていました。
特に女性たちが凛としていて良いんです。
この時代、自分が望む相手と結婚できる幸せな女性は
ほぼ居ません。
思う人を胸に秘めながら、自分の境遇でできる限りを
一生懸命勤めている姿の清々しくも清らかなことよ。
私は葉室麟さんの作品を読むのはこれが初めてですが、
美しい表現だなぁと感じる文章があちこちにありました。
子どもの頃に見たある場面のことを、
「生涯憶い続けられる美しいものを見た」
と、述懐する部分が特に好き。
(かっこの中の言葉は趣旨をまとめました。
本文はもっときれいです)
子どもの頃に感じたこと、体験したことが、
その人の人生に大きく影響を与えるのだなぁと、
自分の子ども時代も思い出しつつ、改めて思うのでした。
人情物の時代小説がお好きなかたにお勧めします。 |
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター
コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、
ナレーション、アナウンス、 そしてライターと、
さまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
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著書:パーソナリティ千波留の読書ダイアリー
ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。
だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。
「千波留の本棚」50冊を機に出版された千波留さんの本。
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