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柚子の花咲く(葉室麟)

柚子の花咲く
葉室 麟(著)
「桃栗三年 柿八年」

誰もが一度は聞いたことがある言葉だと思います。

その言葉に続きがあることをご存知でしょうか?

恥ずかしながら私は知りませんでした。

「桃栗三年 柿八年 柚子は九年で花が咲く」

葉室麟さんの時代小説『柚子の花咲く』の登場人物たちが逆境に立たされた時や苦しい時になんども自分に言い聞かせる言葉です。
宝永六年(1709年)、徳川綱吉が亡くなり、六代将軍家宣の世になったばかりのころ、瀬戸内に面した日坂藩にある青葉堂村塾の教授・梶与五郎が 何者かに殺された。その死について、悪い噂がたっていた。

女を連れて物見遊山の旅の途中、賊に襲われたというのだ。与五郎は若いころから放蕩児で、親に勘当された身の上だったのだという。そして他藩に流れて来て、教授不在で廃校になりかかっていた塾の教授になることを申し出た、食い詰め牢人だったのだ、と。

しかし与五郎の教え子の一人、孫六はその噂に疑念を抱く。先生は子どもたちと遊んでばかりいるいい加減な教師だったが、まるで年の離れた兄のような親しみやすい存在だった。家から弁当を持ってこられない貧しいこどもに、自分の弁当を与えてしまい、いつもお腹を鳴らしているような人でもあった。そして、「桃栗三年柿八年、柚子は九年で花が咲く」と教えてくれた。

何事も成し遂げるには時間がかかるものである。だから途中で投げ出してはいけない、諦めてはいけないと、諭してくれた。そんな先生と「噂」はあまりにも似合わない、そう感じた孫六は、共に学んだ恭平を誘い、先生の死を調べ始める。

すると今度は孫六が何者かに殺されてしまう。最初は調査に気が乗らなかった恭平だったが、師と友が殺害されるにおよんで、本腰を入れることとなった。そして二人の死が、賊による通りがかりの犯行ではないと確信するのだった。
作品が始まってたった三行のところでで「武士の遺骸」として登場する「梶与五郎」。

彼の人生がどのようなものであったか、本当の彼はどんな人物であったのかが、村塾の教え子たちや、彼の周りの人物の言葉から徐々に見えて来ると、誰が何のために彼を殺したのか、という謎解きよりも、もっと深い主題が見えて来るように思いました。

正室ではない女性から生まれた男子(しかも長男ではない)がこの時代に、どのような未来を夢見ることができたのか、また、一度道を踏み外した人物が、やり直せたのか、など読んでいて、しんみりするのです。

しかし、この小説に登場する人物たちの居住まいの正しさが作品を爽やかにしていました。

特に女性たちが凛としていて良いんです。

この時代、自分が望む相手と結婚できる幸せな女性はほぼ居ません。

思う人を胸に秘めながら、自分の境遇でできる限りを一生懸命勤めている姿の清々しくも清らかなことよ。

私は葉室麟さんの作品を読むのはこれが初めてですが、美しい表現だなぁと感じる文章があちこちにありました。

子どもの頃に見たある場面のことを、「生涯憶い続けられる美しいものを見た」と、述懐する部分が特に好き。(かっこの中の言葉は趣旨をまとめました。本文はもっときれいです)

子どもの頃に感じたこと、体験したことが、その人の人生に大きく影響を与えるのだなぁと、自分の子ども時代も思い出しつつ、改めて思うのでした。

人情物の時代小説がお好きなかたにお勧めします。
柚子の花咲く
葉室 麟(著)
朝日新聞出版(2013)
一人の武士の遺骸が河岸で見つかった。男は村塾の教師・梶与五郎。かつての教え子・日坂藩士の筒井恭平は、師が殺された真相を探るべく隣藩へ決死の潜入を試みる―。命がけで人を愛するとは、人生を切り拓く教育とは何かを問う、感動の長篇時代小説。 出典:(出典:amazon)
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

パーソナリティ千波留の
『読書ダイアリー』

ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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