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ヒルは木から落ちてこない。(樋口大良+子どもヤマビル研究会)

素晴らしい科学者たち! 

ヒルは木から落ちてこない。
ぼくらのヤマビル研究記
樋口 大良 (著), 子どもヤマビル研究会 (著)
山道を歩いていると、いつのまにか肌に貼りついて血を吸っているヒル。病気を媒介したり腫れ上がらせたりすることはないものの、登山者や山里に住む人々の嫌われ者です。近年、生息地が広がってきているそうですが、その生態についてはほとんど研究されてきませんでした。

子どもヤマビル研究会は、そんなヒルの生態を研究している、小中学生からなる自然学習グループです。月に一、二度、一泊二日の合宿形式で活動を続け、メンバーを交替しながら、知られざるヒルの秘密を次々と明らかにしてきました。本書は、その10年間の研究活動と成果をまとめたものです。そこに描かれる子どもたちの生き生きした様子にひきこまれ、一気に読んでしまいました。

なにしろ、ヒルの生態の観察と実験の様子が面白い。ヒルは熱(温度)と二酸化炭素を敏感に察知して血を吸う対象を見つけていること、湿った地面に潜んでいること、単純な体の構造だけど、皮膚はめっぽう強くて手で引っ張ったくらいでは引きちぎるのは無理なこと、野外で見かけなくなる冬場も砂地にもぐって生きていることなどを、研究員たちは、野外観察と室内実験でていねいに確かめてきました。

そして、タイトルにもなっている、ヒルが木から落ちてくるという俗説が間違いであることを、体を張った実験と観察で実証します。たとえば、ヒルがよく出る場所にビニールシートを敷いて座り、木からヒルが落ちてこないかを確かめました。シートのまわりには忌避剤をふりかけて地面からの侵入は防ぎます。これを、晴れの日、小雨の日に、それぞれ3時間にわたって行いました。

さらに、ヒルが地面から人間の体を這い上がって首まで到達することを確認し、そのスピードを計るために、室内に敷いたブルーシートの真ん中に、大きなビニール袋に全身(頭部を除く)を入れて座り、たくさんのヒルを放して観察するという「クレイジー」な実験も決行しました。ヒャー!

子ども研究員たちは、こうした研究成果を地元の山のイベントや理科の発表会で披露しました。説明を聞いて感心しながら「でもヒルって木から落ちてくるよね」と言いながら去って行く人や、「落ちてくるというのは常識だ」と研究成果をはなから否定して説教をし始める人もいたそうです。

でも研究員たちは、自分たちの実験や観察の方が正しい事実なのだと自信をもっています。そこで、想定問答集を作って反論に備えるようになったそうです。素晴らしい科学者たちですね! 

本書の魅力は、「常識」を疑い、自分の目と手と頭で検証していくことの面白さを実感できるところです。また、そこには年齢や経歴は関係ないということを教えてくれます。

元小学校長だった研究会コーディネーターの樋口さんも、ヒルの専門家だったわけではありません。子どもたちと同時に研究をスタートしたのです。樋口さんは、指導者ではなく、調整役として、研究員の自主性を重んじています。

研究計画を立てたり、必要な資材や道具を調達したり、支援を募ったりするといった面では、樋口さんや顧問のジョニーさん(ヒル忌避剤を開発・販売されている社長さん)のような大人の支えが欠かせませんが、ヒルの研究と発見は、子どもたち自身の発想やこだわりによるものです。

樋口さんの教え子や研究会のOBたちが、ボランティアとして会にかかわり、後輩たちの活動を後押ししてくれていることにも、心からいいなあと感じました。研究共同体とでもいいましょうか。

でもヒルなんて気持ち悪いし…とお思いの方、大丈夫です! 私も、あの部類の形の生き物は、一番見たくない、遭遇したくないと思っていましたが、読んでいくうちにすっかりかわいく思えてきましたよ! ぜひご一読を。

なお、以前にご紹介した『自閉症は津軽弁を話さない』は、「俗説」だと思ったことが「真実」であったというものでした。本書とは方向が逆ですが、科学的精神という点で通じるものがあると思います。そちらもどうぞご覧ください。
ヒルは木から落ちてこない。
ぼくらのヤマビル研究記
樋口 大良 (著), 子どもヤマビル研究会 (著)
山と渓谷社 (2021/8/13)
嫌われ者の「ヤマビル」の研究に愛をもって取り組む子どもたちが常識に挑む物語。 出典:amazon
profile
橋本 信子
同志社大学嘱託講師/関西大学非常勤講師

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。同志社大学嘱託講師、関西大学非常勤講師。政治学、ロシア東欧地域研究等を担当。2011~18年度は、大阪商業大学、流通科学大学において、初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発に従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら

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