占(木内昇)
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![]() 人は占いに何を求めるのか 占(うら)
木内 昇(著) 占いはお好きですか?
私は好きです。 初めてちゃんと占ってもらったのは、大学生になったばかりの頃。たまたま入った喫茶店のオーナーさんが占ってくれました。 普段はコーヒーを入れたり、ちょっとした料理をしてお客様に提供するのがメインで、占いは気が向いた時にしかしないとおっしゃるオーナーさんが初対面の私にフルネームを書くようにとおっしゃったのです。 素直に従うと、氏名と人相を見ながらおっしゃいました。 「あなたには事故に関してすごい運を持っている。例えば、飛行機事故にあったとしてもあなただけ助かるとか、そういうような強運です。それを持っている有名人は石原裕次郎さんと河合奈保子さん。あなたも何か事故にあったことがあるのでは?」 あら、そう言われれば思い当たるフシあり。 私が3歳くらいの時、乗っていた車がトラックとバスの間に挟まれたというのに、かすり傷一つ負わなかったのです。 その頃私は、我が家の家業だった会社の、営業のお兄さんが大好きで、外回りにはいつもくっついて行っていました。 その日もお兄さんの車に乗っていた私は、営業先での長い商談に待ちくたびれ、そのまま助手席で眠ってしまったのでした。 今のようにチャイルドシートもないし、シートベルト着用義務もない時代。体が小さかった私は、まるで子猫のように、助手席のシートに丸くなって寝ていたらしいです。 あんまりスヤスヤ寝ているので、お兄さんは私を起こさずそのまま車を走らせ、帰社することに。 そんな帰路、対向車線からトラックがフラフラと車線をまたいで私たちが乗っていた車に向かってきたのですって。 営業のお兄さんは慌ててクラクションを鳴らしたけれど、トラックは停まることなく正面から衝突。私たちの後ろを走っていたのはバスだったらしいです。 居眠り運転のトラックも、後続のバスもさほどスピードが出ていなかったのは幸いでしたが、割れたフロントガラスが雨のように車の中に降り注ぎました。 派手な事故でしたが、幸いにも運転していた営業のお兄さんの命に別状はなし。 それで私はどうなったかというと、衝突の衝撃で、丸まった猫状態のまま、ポーンと足元の空間に放り出されたため、降り注ぐガラスの破片で傷つくこともなく、全くの無傷だったのでした。 と言ってもここまでの経緯は後で聞いた話。 寝ていた私が目覚めたのは、頭部レントゲン写真を見ながら医師が親に説明をしている最中。 寝ぼけた状態で、自分の頭部のレントゲン写真を見た私の第一声は「あ!黄金バットだ!」 黄金バット、わかりますかしら?時代ですね。 医師が「この子には何も支障はないようです。奇跡ですね」とおっしゃり、営業のお兄さんは安心しておいおい泣いていましたっけ。 余談ですが居眠り運転のトラック運転手さんは、親御さんの介護で連日の寝不足だったそうで、私の親もずいぶん同情していました。 初対面で私を占ってくれた喫茶店のオーナーがその事故のことをご存知のはずはありません。 このことで私が占いに良い印象を持ったのは間違いありません。 それまでもトランプを使って占っていたのですが、頼まれれば人も占うようにもなりました。(わりと良く当たると評判だったんですよ) 前置きが長くなりました。 木内昇さんの「占(うら)」は、占いや、死者の声を聞く「口寄せ」など、不思議な世界を題材にした短編集です。 非常に興味深く、面白く読むことができました。 『占』に収められているのは、7つの短編。いずれも女性が主人公です。 時代は大正末期から昭和初期にかけて。 女性は皆、20歳代前半までには結婚するのが当たり前。「職業婦人」はいても、女性というだけで、職場で理不尽な扱いを受けることが珍しくなかった時代です。 第一話「時追町の卜い家」は、そんな時代に30歳過ぎても独身で、翻訳家という特別な能力が必要な職業についている桐子が主人公。 父亡き後、一軒家に一人住まいの桐子。
周りはとやかく言うが、自分一人食べていくだけの収入があり、馴染んだ生家で暮らすことが気に入っていて、別に結婚にこだわってはいない。 そんなある時、ひょんなことから、家の修繕に来ていた若い男性と関係を持ってしまう。 ずいぶん年齢差があるが、男はそのことを特に気にしておらず、何とはなしに桐子の家に居候するようになった。 これは実質的に夫婦ということだろうと悪くない気分でいた桐子だったが、男は桐子と結婚する気は無いという。 そして結婚しない理由を告げられた桐子は、この男にとって私はどういう存在なのか、と悩み始める。 そしてある日、占いの家に足を踏み入れる……。 (木内昇さん『占』「時追町の卜い家」の出だしを私なりに紹介しました) 女性が働くこと自体が珍しい時代に、「翻訳家」だった桐子は、理性的な女性です。
それなのに理屈では割り切れない「占い」にどんどんハマっていくのは女心ゆえ。 そこは同じ女性として理解できる気がしました。 この小説の中でも語られていますが、多くの人は、本当のことを知りたいから占ってもらうのではなく、自分が願っている未来を語って欲しくて占ってもらうのです。 だから、ある占い師の結果に納得できないと、次々と別の占い師に見てもらうことになるのでしょう。 これは小説の中の話ではなく、現実世界でもそうではないかしら。 しかし、占いもさまざま。 現実世界でも、明らかに適当なことを言っている占い師もいれば、この人には本当に過去や未来が見えているんじゃないかと思ってしまう占い師もいます。 この小説の中に登場する占い師や口寄せ師もさまざま。 私は、理屈では割り切れない世界がこの世にある、と思っているので、全て面白く読むことができました。 収められている短編のタイトルをご紹介しておきましょう。 時追町の卜い家
山伏村の千里眼 頓田町の聞奇館 深山町の双六堂 宵町祠の喰い師 鷺行町の朝生屋 北聖町の読心術 (木内昇さん『占』の見出しから転記) この中で異色なのは「鷺行町の朝生屋」。
生前の面影をしっかりと描ける遺影描き屋。遺影に魂が宿る、と言われるくらいの出来栄えです。 その遺影にまつわるちょっとした怪談なのですが、短編が終わってもなお、主人公女性のこの先が気になる、余韻のある怖さがありました。 ああ、ゾッとした。酷暑に読むには良いかも。 一つ一つ独立した話ではありますが、登場人物が重なっている話もあります。 不思議な話、ちょっと怖い話がお好きな方にはお勧めですよ。 ところで、著者 木内昇さんのお名前の読みかたは「きうち のぼり」さん。 女性だったのですね?! 読み終わってから知りました。どうりで、どの短編も女性の心理が丹念に描かれているわけです。 ![]() 池田 千波留
パーソナリティ・ライター コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。 BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」 ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HP/Amazon
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