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もう別れてもいいですか(垣谷美雨)

熟年離婚の勧め?!

もう別れてもいいですか
垣谷美雨(著)
これまで垣谷美雨さんの小説を何冊か読んできました。

ダイエットやお片付け、子どもの結婚サポートなど、私が読んだ垣谷さんの小説はどれも、女性の視点で描かれた興味深いものばかり。面白くてハズレがありませんでした。

ですので、最近では何がテーマかよりも、垣谷さんの作品なら間違いはないはず、と思って読み始めます。これも期待通り、面白くてあっという間に読めました。
原田澄子58歳。高校卒業後、地元の信用金庫に勤務していたが、結婚後長女出産を機に、退職。現在はフルタイムのパートとして給食センターで働いている。娘は二人で、一人は結婚、一人は就職で家を出ており、どちらも関東に住んでいる。現在は夫と二人暮らしだが、最近夫のことが煩わしてく仕方がない。匂いも嫌だし、触られるのも嫌。洗濯物も夫と一緒には洗わないようにしているくらいだ。

夫の定年がすぐそこに迫ってきた。今はまだ自分一人の時間があるから良いようなものの、夫が定年後ずっと家にいるかもしれないと思うとゾッとする。離婚したいのだけれど、経済的に一人で自立できるかどうか、その自信がない……どうしたものかと思う澄子だった。
(垣谷美雨さん『もう別れてもいいですか』の出だしを私なりにご紹介しました)
言葉を選んで紹介しましたが、実際はもっと切実です。

物語は11月から始まっておりまして、その時期になるとポツポツと喪中ハガキが届き始めます。

60歳手前、親を見送る年齢になっており、毎年同級生からの喪中ハガキを受け取るのが当たり前のようになっています。田舎暮らしのため、差出人の家族構成もよくわかっています。すでに両親を見送っているかどうか、などを把握しているわけです。

ですから、喪中ハガキを受け取っても大概は「ああ、あのうちのおばあちゃん、亡くなったんだなぁ」と、ある意味納得することが多いわけです。ところが今回、かつての同級生から旦那様を見送った旨の喪中ハガキが届きました。まだ50代の旦那様です。

それをみた澄子さん、思わず「羨ましい」と思ってしまうのです。それも心の底から。

読み始めてすぐ、5ページ目にそういう場面が出てきます。

あとは、とにかく澄子さんが離婚しようかどうしようか、離婚できるかできないかが描かれていきます。そう、これは澄子さんの離婚に焦点を絞った小説なのです。

下世話な話ではありますが、人ごとであれば興味深い話です。

しかし、澄子さんはいったい夫の何がそんなに気に入らないのでしょうか。

洗濯物を別々に洗う、という話はたまに聞きます。でも私はこれまでそれに関しては否定的な考えを持っていました。

夫の洗濯物が汚いと感じるなんて、あまりにも酷くない?夫が一生懸命働いてくれるおかげで、妻よあなたは友だちとランチ会に出かけられるのだし、娘よキミは流行りの洋服を手に入れているのではないのか、それなのに洗濯物が汚らしいから別洗い?それは酷すぎるだろう?と。

ところが、澄子さんの場合、それも無理ないかなと思えます。

夫を意味もなく嫌っているわけではなく、先に夫が妻を蔑ろにしていたんです。

この夫、かなり人間が小さいんですよ。

まずは妻のビジュアルに対して無神経な言葉を投げつけます。無神経というより、明らかにバカにした態度を示すんです。

また、自分が風邪を引いた時には手厚い看護を期待するのに、澄子さんが体調を崩すと不機嫌に。「俺の晩御飯をどうしてくれるんだよ」ということなのです。

夫は大学を卒業後、コネで地元の工務店に入社し、ずっと人事課で働いてきました。ことあるごとに、大学に進学しなかった澄子さんをバカにするし、パート勤務であることも軽く見ています。とにかく人間がちっちゃいの!こういう人って自分より地位が上の人には過剰にへつらっていそう。

一番腹が立つのは妻を労う気持ちが全くないこと。

パートとはいえ、フルタイムで働きながら炊事洗濯掃除を一人でこなしている澄子さん。フルパワーで家族のために奔走してきました。

そんな澄子さんのささやかな楽しみは地元に残っている同級生たちとの息抜き。みな大なり小なり夫に気を遣っているから、時間もお金もかからないように近所のカフェやカラオケ、寄席に出かけるだけ、その数時間のお出かけを気持ちよく送り出してあげられないの。「たまには楽しんでおいで」とか「今日は遅くなってもいいよ」なんて一度たりとも言ってもらったことがありません。

まずは「俺の晩飯はあるんだろうな!」です。

繰り返しますが、なんと器の小さい男だ!

ひるがえって、我が家の場合。

澄子さんと違って、日頃甲斐甲斐しく家のことをしていない私。その上、あっちこっち出歩いたり観劇三昧。ほとんど放し飼いのわんこか、放牧された馬ですよ、私は。

すごく自由にさせてもらっているから、澄子さんの我慢が理解できません。家庭のことをきちんとやった上でちょっと息抜きするのに、なんで文句を言われなきゃならないのか、言い返せば良いのにと歯痒く感じます。

だけど、澄子さんはぐっと我慢してしまう人なのですよ。

ちょっと大きい声で威嚇されると、自分が我慢した方が面倒ごとが大きくならなくて良い、と思うのですね。

そんな不満を溜め込んだまま30年以上生きてきて、あとは親の介護と、もしかしたら夫の介護要員としてしか存在価値を認められないのだとしたら、自分に残された自由時間はないに等しい、そう思うと、若くして夫を亡くした友達のことが心底羨ましく思えるというわけです。

だいぶん、追い詰められている感じ。

最近は熟年離婚が多いと言われているのだから、さっさと決意したら良いのにと歯がゆく、ページをめくる手が早くなり、読者としてまんまと垣谷美雨さんに操られているなとの自覚あり。

澄子さんがなかなか離婚を決意できない理由の第一は経済的な問題。

フルタイムで働いているとはいえ、自分一人で生活が成り立つのかどうか。

まだまだ離婚は悪いことのように思われている田舎暮らしで、薄情なオンナだと人の噂の的になったり、職場に居辛くなるのではないかといった心配事にもとらわれます。

澄子さんがこれまで通り我慢を続けるのか、離婚するのか?

とても興味深く読むことができました。

問題が卑近だからという理由だけではなく、小説の舞台がどうやら兵庫県であることも読みやすかった理由かもしれません。

例えば澄子さんの友人が地元の高校卒業後「尼崎にある女子大に進学した」と書いてあれば「おお、それは園田女子大学かな?」と思ったり、離婚について弁護士の無料相談を受けるのに地元では顔が差すのでちょっと都会へ出ようと行った先が姫路市だったり。もしかしたら著者である垣谷美雨さんの出身地である兵庫県豊岡市が舞台なのかも。知っている地での話となると俄然親しみが湧くものです。

それにしても熟年離婚の場合、切り出される方はショックが大きいでしょうね。自分が相手を傷つけ続けてきたという自覚がない場合は特に。

まるで「熟年離婚の勧め」のようなこの小説を読んだあと、放し飼い状態の我が家の場合は、私の方が言われる立場なんじゃないかと、ヒヤッとしましたわ。
もう別れてもいいですか
垣谷美雨(著)
中央公論新社
離婚したい。でも、お金がない…。夫は暴力を振るうわけでもなく、浮気や借金が発覚したわけでもない。でも、夫の偉そうな物言い、におい…。もうそばに近づくのさえ我慢ならない。五十代の平凡な主婦が、経済的な不安を抱えながらも、友人たちに支えられ新しい一歩を踏み出すまでを描く。 出典:楽天
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

パーソナリティ千波留の
『読書ダイアリー』

ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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