隠居すごろく(西條奈加 )
憐れみは人のためにならない 隠居すごろく
西條奈加(著) とても読後感の良い小説を読みました。西條奈加さんの『隠居すごろく』です。
江戸は巣鴨に店を構える糸問屋 嶋屋の六代目当主 徳兵衛。還暦を迎え、息子に店を譲り隠居暮らしを始めることに決めた。
長男ゆえ、生まれた時から店主になることが決まっていた徳兵衛は、ずっと己にも店のものにも厳しく、始末を重ねて店を保ってきたつもりだ。老後は自由気ままにのんびり暮らすと決めていたのだ。 店から少し離れたところに隠居所となる家を買った。万事そつない代わりに、愛想もない妻は、まだまだ店の奥むきの差配に必要だろうからと、連れて行かない。 付き従ったのは生活全般の世話をする女中とその息子のみ。当面は隠居所に誰も来てはならないと言い置いたから、一人気ままに自由な時間を過ごせるはずだった。 ところが徳兵衛は、隠居生活を楽しもうにも、自分には趣味がないことに気がつく。 酒や女や博打など、商売のさわりになるようなことはもちろん、ちょっとした楽しみの一つも持たず、商売に打ち込んできたから。 人が楽しんでいる釣り、囲碁将棋、俳句などをかじってみたが、どれひとつとして面白いと思えない。 あんなに楽しみにしていた隠居生活とは、こんなものだったのか。自分が言いつけたせいなのに、誰も隠居所を訪ねてこないのもなにやら寂しい。憮然とする徳兵衛。 そんなところに八歳になる孫、千代太が訪ねて来た。千代太は徳兵衛を怖がらず、尊敬してくれているらしい。 寺子屋での成績も良く、徳兵衛の話をよく聞き分ける。毎日隠居所に来てくれる千代太に徳兵衛は救われた気分だ。しかし千代太には欠点があった。「優しい」のだ。 野良犬や野良猫を放っておけず、連れてくる。それどころか食うに困っている子どもまで連れてきてしまった。 孫に尊敬される「じいじ」としては、犬猫はともかく、困っている子どもを突き放すことはできない。徳兵衛にとって予想外な隠居生活が始まった! (西條奈加さん『隠居すごろく』の出だしを私なりに紹介しました。「女中」は小説内に使用されている言葉をそのまま表記しています) 主役の徳兵衛さんが、江戸時代の人でありながら現代にも居そうで親しみがわきます。
高度成長時代、仕事一筋の男性が今以上に大勢いました。 家庭のことは妻に任せきり、仕事人間の男性への「働いているうちからご自分の趣味を持っておかないと定年後に苦労しますよ」というアドバイスを何度も聞いたことがあります。 江戸時代も同じだったのですねぇ。 でも商売に励んできた徳兵衛さんにも美点はあります。 まず、先を見通す目があること。お金の使い方をよく吟味し、無駄遣いをしないこと。自分だけではなく、家族や店で働いている人たちのことをよく考えて行動を決めていたこと。 つまり、人の先頭に立って頑張れる人だということです。しかしこれまでは店の存続が第一で、情は二の次でした。それが隠居後は順序が変わってきます。 可愛い孫に教え諭し、将来の店主教育をしているつもりが、孫にいろいろなことを教えてもらい、考え方や行動が変化していくのです。 その有様が実に爽やか。 そしてこの小説の最も良いところは、「憐れみは人のためにならない」ことを教えてくれることだと思います。 生活に困っている人に施すことは、一時的な助けにはなるでしょう。 しかし、本当の助けにはならないのです。 金銭や食料を与えるだけでは、相手はいつまでも自立できません。稼ぎ方、生活の糧を身につけることが、一生の宝になるのです。 稼ぎ方にも色々あります。 自分だけが儲かればいいと、アコギに稼ぐ人もいるでしょうが、自分も儲かり、相手もなにかしらの得をし、周囲の人も幸せになる方法があるはず。 それを考えることが「商売」で、とても楽しいことだと、徳兵衛さんに教えてもらえます。 日本人はお金の話をすることを恥ずかしく思う風潮があるけれど、決してそんなことはありません。 ちなみに、最後には、万事そつなく愛想もない奥様の「正体」もわかります。 商売の話だけではなく、夫婦や家族についても温かい気持ちになれる小説でした。 隠居すごろく
西條奈加(著) KADOKAWA 巣鴨で六代続く糸問屋の嶋屋。店主の徳兵衛は、三十三年の働きに終止符を打ち、還暦を機に隠居生活に入った。人生を双六にたとえれば、隠居は「上がり」のようなもの。だがそのはずが、孫の千代太が隠居家を訪れたことで、予想外に忙しい日々が始まった!千代太が連れてくる数々の「厄介事」に、徳兵衛はてんてこまいの日々を送るが、思いのほか充実している自分を発見する…。果たして「第二の双六」の上がりとは? 出典:楽天 池田 千波留
パーソナリティ・ライター コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。 BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」 ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HP/Amazon
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