川っぺりムコリッタ(荻上直子)
人は一人では生きていけない 川っぺりムコリッタ
荻上直子(著) 映画『かもめ食堂』、『彼らが本気で編むときは、』の監督、荻上直子さんの『川っぺりムコリッタ』。
おそらく、タイトルをご覧になった全員がまず思うのは「ムコリッタってなんだろう?」ではないでしょうか。 それについては本のカバー折り返しなどに説明が書いてありました。 そのまま引用させていただきます。 ※ムコリッタ(牟呼栗多)
仏典に記載の時間の単位のひとつ 1/30日=2880秒=48 「刹那」は、その最小単位 では 川っぺりにあるムコリッタとは何なのか?
それが知りたくて、ついつい手に取ってしまった一冊です。 主人公の青年 山田。物心がついた頃には、父親はいなくなっていた。そして高校生の時、母親は二万円を手渡して、彼の前から姿を消してしまった。
たった一人生きていくために、悪いとわかっていることにも手を染め、山田はとうとう犯罪者となってしまう。 二年の刑期を終えて出所した山田は三十歳。幸い、山田の過去を知りながらも支援してくれる人が現れ、彼の会社に入社できた。 今後は誰とも関わらずひっそりと生活したいと考えた山田。住むところは、「運が良ければ」災害で死ねるかもしれない大きな川のそばであることにこだわった。 うまい具合に川っぺりのアパートに住めることになった山田だが、隣人はおせっかいで図々しい男だった。 他にも何やら訳のありそうな親子、どことなく惹かれる大家さんなどがいて、人と関わらずに生きていくのはなかなか難しいようだ。 そんなある日、山田の父親が死亡したから遺骨を引き取って欲しいと役所から連絡が来る。 生きているか死んでいるかもわからなかった父親だ。思い出もない、顔も覚えていない父親なのに遺骨を引き取る義務があるのか?! (荻上直子さん『川っぺりムコリッタ」の出だしを私なりにまとめました) 気になっていたムコリッタの正体は、山田が住むことになったアパートの名前でした。
ムコリッタの住人は、皆、どこかに傷を持っている人ばかり。 そのせいか、お互い踏み込まないようにして生活しているように見えます。 ただし、全く興味がないわけではなく、互いに相手の事情を薄々知っていてそっとしている感じ。 そのペースを崩したのが山田の隣人 島田です。 島田は社会人としてはうまくやっていけないタイプの人で、お金をほとんど稼げません。だからいつもお腹を減らしています。 そして主人公山田がご飯を食べようとすると絶妙のタイミングで乱入してくるのです。 「困った人がいたら助けようよ、ご飯を食べさせてくれ」と。 山田だって似たようなもので、出所した時持っていたお金はわずか。 初めて貰った給料で炊いたご飯とささやかなおかずを、気がつけば島田と分け合って(奪い合って)食べていたのでした。 他人と関わらずに生きていきたかったのに、心ならずもムコリッタの住人たちと触れ合うことになる山田。 寂しさや心の傷を持っているのが自分だけではないと徐々に気づいていきます。 山田の目線で見ているうちに、私もムコリッタの住人の一人のような気がしてくるのでした。 また、山田が雇い入れてもらった職場が「しおから」の工場なのですが、この工場で山田がお世話になる人たちがいい味を出しています。 来る日も来る日もイカをさばくだけの毎日に疑問を感じる山田。 しかし、その仕事を何十年もやっている先輩がいるわけで、その人の姿から、単純な繰り返しを誠実に勤めることの意味や素晴らしさを悟る場面に感動しました。 また、亡くなった父親のことで出会う役所の職員も素晴らしい。 また、河川敷に住むホームレスを見ての言葉 何にも縛られない自由には何からも守られないギリギリの生が伴う
(荻上直子さん『川っぺりムコリッタ』 P39から引用) といった、真実をついた言葉があちこちに散りばめられているのも印象的です。
ところで、主人公 山田の取り柄は、ご飯を美味しく炊けること。 出所後、積極的に生きる気力がないくせに、なんだか皮肉です。 なぜ彼がご飯を上手に炊けるのか、その理由には泣けました。 また、ムコリッタの住人の一人であるお婆ちゃんの存在が素敵。 私もこのお婆ちゃんに会ってみたいなぁ。 読み終えた時、生きるって簡単なことじゃないかもしれないけど、素敵なことなんだなと思えました。 川っぺりムコリッタ
荻上直子(著) 講談社 刑務所を出て、誰とも関わらずひっそり生きていくつもりで住み始めた、変わった名前の古びた木造アパート。出会ったのは訳ありな大家と、世の中から落第した隣人たちだった。友達でも家族でもない。でも、孤独ではない。“ひとり”が当たり前になった時代に、静かに寄り添って生き抜く人々の物語。 出典:楽天 池田 千波留
パーソナリティ・ライター コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。 BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」 ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HP/Amazon
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