トイレもシャワーも付いていないアパート暮らし。
経験ありますか?
私はありますよ。
まだ小学校に上がる前、数ヶ月か半年か、
わずかな期間ではありますが、古いアパート暮らしをしました。
トイレは共同で、お風呂は銭湯に通っていました。
昭和40年代前半、日本全国で見れば、決
して珍しい住環境ではなかったように思います。
何より、自身は幼すぎて他の生活を知りません。
だからちっともみじめではなかったです。
振り返ってみると、
とんでもなく不便な生活をしていたもんだと呆れはしますが、
今となってはノスタルジーを感じます。
とはいえ現在、この歳になってその生活を送れるかというと、話は別。
正直な所、ごめんこうむりたいワ。
群ようこさんの小説『れんげ荘』の舞台は、
まさにそんなアパートが舞台です。
***
主人公キョウコ、45歳、独身。
大手広告代理店に勤め、忙しく働き、
高給をもらっていた。
住まいは都内の一戸建て住宅。
その住宅は父親が、まさに命を削って購入したもの。
父は、働きに働いて、家のローンを完済した途端、
亡くなってしまったのだ。
キョウコはその家に、母と二人暮らしをしていた。
そのまま定年まで勤めれば、
かなりの額の退職金をもらえたであろうに、
ある日キョウコは職を辞する。
同時に実家を出て、一人暮らしを始めることにした。
かなりの額の貯金があるので、
これからはあくせく働かずに、
月に10万円で心穏やかに楽しく暮らす予定だ。
そのために見つけた格安家賃の物件は、
安アパート「れんげ荘」の一室。
築40年以上という「れんげ荘」は
一間きりの部屋で、
トイレとシャワー室は共同。
冬は部屋の中にまで雪が舞い、
夏は猛烈な暑さと蚊に襲われる。
梅雨時はアパート全体がしっかりと湿気を蓄え、
そこらじゅうにカビが生える。
ある意味、四季の移り変わりを肌で感じられる
今どき貴重な物件と言えるかもしれない。
同じアパートの住人たちはそうとう個性が強い人ばかり。
それぞれの人生を垣間見ながら、
キョウコは自分が目標が、
森鴎外の娘にして
『贅沢貧乏』の著者、森茉莉なのだと気がつく。
安アパートに住みながら心は貴族だった森茉莉。
鳥の声や草木の匂いを知ったり、
美味しく淹れたお茶を飲む贅沢さを味わいたくて、
こんな不安定な生活に突入したのだと。
***
一般論でいえば、キョウコさんの将来は
非常に不安定なものだろうと思います。
肩たたきにあったわけでもないのに、
高収入の仕事を捨てるなんて。
しかも実家を飛び出すなんて。
家を買うためだけに働いて、
そして急死してしまったように見える父親。
なんでも人のせいにしたり、
悪い側面ばかりを見る母親。
キョウコさんはそのどちらからも
精神的に独立したかったのかもしれません。
職場についても、
そのまま居続けることで収入は得られるだろうけれど、
心がすり減ってしまうと考えたのかも。
自分だったら、こんな思い切った決断ができるだろうか。
今の安定を失うのが怖くて、ズルズル現状を続けちゃうかも。
人間の幸せは物質だけでは得られない。
贅沢貧乏の幸せを描いた『れんげ荘』。
個性的な住人たちのエピソードも楽しいです。
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター
コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、
ナレーション、アナウンス、 そしてライターと、
さまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
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