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櫓太鼓がきこえる(鈴村ふみ)

久々に大相撲を観戦したくなる

櫓太鼓がきこえる
鈴村ふみ(著)
表紙をご覧いただいてお分かりのように、この小説は相撲界が舞台になっています。

と言っても、主人公は力士ではありません。「呼出」修行中の少年が主人公です。
篤は市役所職員の母と中学校教員の父の間に生まれた。公務員の両親は、篤には良い大学を卒業して、役所か大手企業に入ってもらいたいと考えていた。

篤は幼い頃から、親が自分に何を求めているのか、どんなふうになって欲しいと思っているのか、うすうす感じてはいたものの、期待に沿うことはできなかった。勉強が好きではなかったのだ。

高校受験の時、篤の学力では偏差値が中の下の学校しか受験できないと分かった時、両親は明らかに落胆していた。そして篤がそんな中の下の学校を退学した時、両親は嘆いた。

最初こそなんとか軌道修正させようとしていた両親は、やがてあきらめ、篤によそよそしく振る舞うようになった。篤は家にいてもまるで自分が空気のように、存在が薄いと思い始める。

そんな篤を心配した相撲好きの叔父が、贔屓にしている相撲部屋を紹介してくれた。力士ではなく「呼出」として修行してはどうかというのだ。

住み込みで、ご飯も食べさせてもらった上に修行ができる。もうこれ以上両親と暮らしたくなかった篤は、何も知らなかった相撲の世界に入ることになった。
(鈴村ふみさん『櫓太鼓がきこえる』の出だしを私なりにまとめました)
主人公篤は17歳で家を出て、相撲部屋に住み込んでいます。

私が17歳の頃といえば自宅でぬくぬくと生活させてもらっていました。

衣食住、何も心配いらないし、食事も作ってもらったものを食べるだけ。

将来は大学に進学するものだと思ってはいたけれど、さてその後何をするのか、どんな仕事に就くのか、考えたことはなかったと思います。未熟というか、なんというか。

17歳で全く知らない世界に飛び込み、頑張っている篤。それは夢を目指すためではなく、家にはもう帰りたくない、両親と会いたくない一心でのことでしたが、それでも偉いなぁと、素直に思いました。

ただ、篤は自己評価がとても低い少年です。
どうせ俺にはできないから。
そう心の中で呟く癖が、昔から篤にはあった。
(鈴村ふみさん『櫓太鼓がきこえる』 P24より引用)
子どもの頃はプロ野球選手に憧れて野球をやっていたものの、自分に野球のセンスがないと分かったら、やめてしまいました。

野球が好きだから、才能がなくても頑張る、というタイプではないのです。

今も、帰るところがないから「呼出」の修行をしているけれど、自分なりの目標や夢はない、そんな状況です。

篤が見習い中の「呼出」は、相撲界で色々な役割を担っています。

一番わかりやすいのは、対戦力士の紹介。

「東ぃ〜 たかけいしょぅ〜 貴景勝〜」

他には、土俵を掃き清めたり、懸賞金がかかる試合では、懸賞旗を持って土俵を回ったり。

そもそも場所前に土の塊を叩いて、土俵を作るのも呼出の仕事だそうです。

そして呼出は力士と同じように相撲部屋に所属し、力士たちと生活を共にします。

同じちゃんこを食べ、力士の稽古を間近で見ながら、呼出としての修行をするのです。

実は私は20代後半から30代にかけて、相撲にハマっていたことがありました。

システムエンジニアとして社会人生活をスタートしたことがきっかけでした。

というのも、研修が終わって配属された後、残業に次ぐ残業で、帰宅したらもう11時前。

深夜放送のプロ野球ニュースや大相撲ダイジェストを見ながら遅い晩御飯を食べる、という生活が続いたのでした。

それまで大相撲にはほとんど興味がなかったのですが、大相撲開催中の15日間、ずっと大相撲ダイジェストを見ているうちに、面白くなってきたのですよ。

相撲の良し悪しがわかってきたりすると、贔屓の力士も見つかるようになり、その人を応援しているとより一層相撲が面白くなる、という連鎖でした。

ちなみに職場で「他に見るものがないから大相撲ダイジェストを見ながらご飯食べていたら、だんだん相撲が面白くなってきたよ」と話したところ、同期入社の友達たちも見るようになり、身近に大相撲ファンが増えていきました。

人には好みがあるから、それぞれ違う力士を応援し、勝った負けたと話をするのも楽しかったです。

私は相撲人形のような、いわゆるアンコ型の大きなお相撲さんが好み。

当時好きだったのは、体が大きい上にハンサムだった琴ノ若 晴將(ことのわか てるまさ)関や、横綱 大乃国関。

ただ、二人とも闘志が顔に出ないというのか、勝負師にしては優しすぎるというのか、ここぞという時に勝てなくて。

しかも負けてもキーッと悔しがるでもなく、ちょっと俯き加減で首を振りながら花道を下がっていくばかり。

見ているだけの私の方が「もー!!!何で?!もっと悔しがってちょうだいよ!!」と歯痒い思いをさせられたものでした。

そんな私が25歳からの数年間、大阪府中央区に住むようになりました。

お寺がたくさんある上町台地のすぐ近くです。

そこで初めて迎えた春に、私は衝撃を受けました。

春まだ浅い3月初旬に、近くのコンビニで浴衣姿の巨体を見かけたのです。

その人の近くでは鬢付け油の匂いが。

そう、それはお相撲さん。

大阪場所が近づいており、寺町には多くの相撲部屋が宿舎を構えていたので、生活圏内に力士がウロウロしていたのでした。

相撲界は序列がはっきりしており、浴衣やペラペラの着物姿なのは序ノ口か序二段あたりとわかります。もしかしたら兄弟子に命じられてコンビニに買い出しに来ていたのかもしれません。

また、徒歩圏内だった南海難波駅近くに行くと、テテンテンテン、テテンテンテンと、独特な太鼓の男が聞こえてくることもありました。

難波駅より少し西側にある大阪府立体育会館(現在のエディオンアリーナ大阪)に設えられた櫓太鼓の音です。

あの音を聞くと「ああ、もうすぐ大阪場所だ!春がやってくる!」と、気分が高揚したものでした。

そしてテレビで見ているだけでは飽きたらなくなり、大阪場所を何度か観戦したりもしました。

私の自慢は、平成5年の春場所12日目の結びの一番、横綱曙と当時大関だった若花田(のちの横綱若乃花)の対戦を生で見ていること。

一旦 曙に軍配が上がったものの、協議の結果同体となり、取り直しに。取り直しの一番では若花田が勝利し、場内は大興奮。

私の座っていた枡席は中段あたりでしたが、乱れ飛ぶ座布団を避けるのが大変だった記憶があります。私も大いに興奮したのでした。

と、このように実際に大相撲を何度か観戦している私ですが、この小説を読むまで「呼出」さんにはほとんど注目したことがありませんでした。

四股名を呼び上げるだけが仕事だと思っていたくらいです。

いつもいいお声ですよね。

ところが、私が「いいお声」だと思っているのは、かなりベテランの呼出さんしか知らないからだったことが判明しました。

相撲は下位の力士から順に登場します。

最下位から横綱の取り組みを見るのは一日仕事。午前中から座っていなくてはいけません。でもそれはなかなか体力がいることです。よっぽどの相撲好きでないと、しんどいのではないかしら。

私は大体、中入りのちょっと前くらいから会場に入っていました。

小説の主人公 篤のような駆け出しの呼出は、午前中の早い段階の取り組みでしか土俵に立たせてもらえません。声が裏返ったり、あろうことか四股名を呼び間違えたりということもあるようです。

相撲ファンはそんな新人の呼出さんにも、注目したり、応援したりしていらっしゃるのですね。

残念ながら私はそういう楽しみを知らずにいました。力士、しかも上位力士ばかり注目していたのです。

この小説を読むと、それぞれが自分の道を模索して成長していく様子に心が温まると同時に、久しぶりに大相撲観戦をしたくなりました。

これまで上位の取り組みだけに注目していたけれど、今なら呼出さんや、行司さん、親方衆などなど、大相撲を支えておられる方達に思いを寄せながら観戦できるはず。
林田のように将来を嘱望されて入ってくる者、未経験でも相撲を取りたいと入門した鶏ガラ体型の者、五十名もいればその入門に至った経緯はさまざまだ。角界で関取になれる者はほんの一握りで、この中の大多数が関取になれないまま土俵を去っていく。

 ただ、どんな新弟子でも、角界に憧れて入門してくることに変わりはない。そして、横綱になって名前を馳せようが、序ノ口序二段のまま引退しようが、一人一人にそれぞれの物語がある。
(鈴村ふみさん『櫓太鼓がきこえる』 P147より引用)
力士だけではなく、大相撲に関わるすべての人に物語があると教えてくれた小説でした。

ちなみに、テテンテンテン…の太鼓を叩くのも呼出の仕事だそうです。

春場所、太鼓だけでも聞きにいってみようかなぁ。
櫓太鼓がきこえる
鈴村ふみ(著)
集英社
高校を中退し、相撲ファンの叔父の勧めで弱小相撲部屋に呼出見習いとして入門した十七歳の篤。実家を出たいがため、志もないままこの道を選んだ。しかし、力士たちと生活を共にし、彼らの挑戦や葛藤に立ち会うのち、「呼出」という仕事の喜びに目覚めていく。表舞台には立たないけれど頑張る人全員にエールを送る物語。第33回小説すばる新人賞受賞作。 出典:楽天
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

パーソナリティ千波留の
『読書ダイアリー』

ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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