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紙つなげ!彼らが本の紙を造っている(佐々涼子)

危機的な状況で人はどのような行動を取りうるか

紙つなげ!彼らが本の紙を造っている
再生・日本製紙石巻工場
佐々涼子(著)
2011年3月11日に発生した東日本大震災で甚大な被害を出した石巻市にある製紙工場の復興の物語です。

日本製紙石巻工場は、南は石巻港、西は石巻工業港、東は旧北上川に挟まれて立地しており、その三方から巨大な津波に襲われました。

津波のあと、広大な工場の敷地には、近隣から流れてきた家屋の二階部分18棟、自動車約500台が水に浸かっていたそうです。車のうち200台は工場の外から流れてきたものでした。そして構内で41人の遺体が発見されました。

そのような状況でありながら、同工場で当日勤務していた社員や関連会社・協力会社の従業員1306名は全員無事でした。持ち場を離れたがらない従業員には互いに声をかけて避難させ、また凍てつく寒さに高台から下りたがる者には総務課主任が「業務命令」だと言って引き止めたのです。

人的被害を出さなかった同工場ですが、すぐに業務を再開できるような状態ではありませんでした。小高い山に会社の施設があったため、一時的な避難場所や対策本部を設けることはできたものの、多くの従業員の家は、工場近くにあったため被災していました。

原料や製品も失われました。工場設備の損害もたいへんなものでした。電気系統の設備や製紙のための機械は汚濁した水に浸かり、そのままでは到底使い物になりません。さらにガレキの撤去、遺体の捜索と回収は、暖かくなるまでかかりました。

日本製紙は日本の出版用紙の約4割を生産しています。石巻工場は、その基幹工場です。震災前は、年間100万トン、月平均約8万トンの紙を生産していました。この工場だけで同社の洋紙国内販売量の4分の1を供給していたのです。

石巻工場は、地域の主力産業であり、日本の出版を支えてきた工場です。「この工場が死んだら、日本の出版は終わる」とまで言われました。会社の命運をかけて、工場の復旧、再稼働に向けた作業が始まります。そして、全従業員と協力会社の必死の努力によって、無謀とも思えた半年後の再開が達成されたのです。

工場の象徴である主力機械の再稼働のドラマが一番の読みどころではありますが、私の印象に残ったのは、工場から近隣へ流出した製品の回収に関わる逸話でした。工場内に家屋や車や瓦礫が流れ込んだように、工場からも近隣の家屋や工場などに製品が流れ出ました。同社はそれを回収して回りました。

紙ロールは、もともと大きいうえに水を吸って膨らんで何トンにもなっており、回収は困難を極めました。単独で転がっているならまだしも、よそから出た瓦礫と折り重なったり、からみついたりしているものもあります。腐って無数の蠅がたかっていたり、中から遺体が発見されたりしたこともあったそうです。

辛く苦しく果てしない労力を要した回収作業ですが、各地からのボランティアの助けも加わって243件の回収を終えました。ときには温かいもてなしを受けたり、工場再開への期待の声を聞いたりすることもあったといいます。

本書では、津波によって犠牲となった方々の様子、水が引いたあとの遺体の散乱状況なども語られています。混乱のなかで起こった喜ばしくない事態も伝えています。自動販売機を壊して小銭やジュースを奪ったり、商店主の目の前で店に押し入り商品を強奪したりする人々の描写はショッキングです。

美談だけではなく、危機的な状況で人びとがどのような行動を取りうるのかを知っておくこと、そしてそうした事態に備えることも防災のひとつではないかとあらためて思いました。

地震発生直後、大丈夫なんじゃないかという空気や声を一蹴して全員避難を誘導し、高台からの下山を厳に禁じて従業員の生命を守った担当者たち、工場再開のための現場の必死の復旧作業、自社製品以外の瓦礫も含めて流出物を回収し現場をきれいにして回った作業班。各々の持ち場や職務に責任と使命を持って当たった方々に敬意の念を抱きました。
紙つなげ!彼らが本の紙を造っている
再生・日本製紙石巻工場
佐々涼子(著)
早川書房(2014)
「8号(出版用紙を製造する巨大マシン)が止まるときは、この国の出版が倒れる時です」―2011年3月11日、宮城県石巻市の日本製紙石巻工場は津波に呑みこまれ、完全に機能停止した。製紙工場には「何があっても絶対に紙を供給し続ける」という出版社との約束がある。しかし状況は、従業員の誰もが「工場は死んだ」と口にするほど絶望的だった。にもかかわらず、工場長は半年での復興を宣言。その日から、従業員たちの闘いが始まった。食料を入手するのも容易ではなく、電気もガスも水道も復旧していない状態での作業は、困難を極めた。東京の本社営業部と石巻工場の間の意見の対立さえ生まれた。だが、従業員はみな、工場のため、石巻のため、そして、出版社と本を待つ読者のために力を尽くした。震災の絶望から、工場の復興までを徹底取材した傑作ノンフィクション。 出典:amazon
profile
橋本 信子
同志社大学嘱託講師/関西大学非常勤講師

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。同志社大学嘱託講師、関西大学非常勤講師。政治学、ロシア東欧地域研究等を担当。2011~18年度は、大阪商業大学、流通科学大学において、初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発に従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら

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