HOME  Book一覧 前のページへ戻る

ヘンな論文(サンキュータツオ)

”ヘンな”論文を、面白おかしく紹介できるウデに敬服

ヘンな論文
サンキュータツオ (著)
電車で読んではいけません。吹き出すこと必至です。本書は、学問とは何かを問う真面目な本ですが、真顔では読めません。それもそのはず、著者のサンキュータツオさんは日本語学の研究者であると同時に、オフィス北野所属のプロの芸人でもあるのです。

この『ヘンな論文』はタツオさんが「趣味」で集めた13本の「ヘンな」論文を、知的好奇心と敬意と愛とをもって紹介するものです。ただし、ヘンといっても、怪しげなトンデモ論文ではありません。きちんとした学術論文ばかりです。

例えばジョギング中の「おっぱいの揺れ」とブラのずれに関する論文。「ヘン」ですよね、一見。この「走行中のブラジャー着用時の乳房振動とずれの特性」という『日本家政学会誌』に掲載された論文の内容を、タツオさんは分かりやすく、自身の体験もふまえて、つまりブラジャーの試着までして(!)解説してくれています。それによって、読者は下着メーカーの新商品開発の舞台裏に導かれ、快適な生活を実現するために研究者たちがどのような「凄い」努力をしているのかを垣間見るのです。

それが研究対象になるのか? 一体どうやって調査するの?と思うような「論文」が次々と登場します。でも、どの論文も、それぞれに目的を持って科学的に調査され、大まじめに執筆されています。難解な学術論文もタツオさんの絶妙なツッコミつきの「翻訳」のおかげで笑いながら読むことができるのです。これだけの幅広い分野の専門的な論文を集めて読み解き、面白おかしく紹介できるタツオさんのウデには敬服するしかありません。

例えば、「奇人論序説 あのころは「河原町のジュリー」がいた」。所収は『世間話研究』です。1970年代に京都河原町に実在した、歌手の沢田研二さんに似たホームレスをめぐる噂話を集めた論文です。でも「河原町のジュリー」さんの謎を追うことが目的ではありません。この論文は、人はわからないものや自分の常識では計り知れないものを古くからある「物語の型」にはめこんで安心しようとする、ということを明らかにする研究なのです。

「浮気男」の頭の中を明らかにする、「婚外恋愛継続時における男性の恋愛関係安定化意味づけ作業」は、不倫関係を続けている既婚男性に聞き取り調査をしたものです。前々回のこのコーナーでご紹介した『人はなぜ不倫をするのか』 は、様々な分野の専門家が不倫について言及した本でしたが、この論文は社会学の手法で不倫男性の心理を解き明かそうという研究です。独身のタツオさん、おおいにやっかみながら解説しています。

ここでは、お笑いのプロならではの着眼点も発揮されています。社会学では、聞き取り対象者の言葉をそのまま掲載するのですが、そこをタツオさんは見逃さない。「(風呂上がりの奥さんが)びーと歩いている」「なんすか、その擬態語」とすかさずツッコミます。よほど気に入ったのか二回も引用されています。そこだけでも読んでほしい!  

「コーヒーカップとスプーンの接触音の音程変化」は、高校生が日常の中で発見した現象を物理の先生と実験を重ねて検証した報告です。インスタントコーヒーを作るときにスプーンでかき混ぜると、スプーンとカップのこすれる音が徐々に高くなっていくのをご存じでしょうか。この論文ではまず、それが「気のせい」でないことを確かめることから始めます。そして仮説と実験とを繰り返しながら、この現象が発生する理由を明らかにしてゆきます。理系って、こうして真理を追究していくのかという知的興奮を得られる一作です。

学術雑誌というのは、ごく限られた専門家しか手に取りません。研究者は、同じ分野の専門家にしか分からない文章で論文を書きます。タツオさんは、そういった論文の目的や内容を「翻訳」し、そこへ「プロの」ツッコミを入れることで、研究って楽しい、研究者の熱意って尊いと伝えてくれるのです。ぜひとも続編を出していただきたいなあ。強く希望します!
ヘンな論文
サンキュータツオ (著)
KADOKAWA
おっぱいの揺れ、不倫男の頭の中、古今東西の湯たんぽ、猫カフェの効果…なかなか見る機会のない研究論文。さがしてみれば仰天のタイトルがざくざく…。こんなことに人生の貴重な時間を割いている人がいるなんて! 出典:amazon
profile
橋本 信子
同志社大学嘱託講師/関西大学非常勤講師

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。同志社大学嘱託講師、関西大学非常勤講師。政治学、ロシア東欧地域研究等を担当。2011~18年度は、大阪商業大学、流通科学大学において、初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発に従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら

OtherBook

信子先生のおすすめの一冊

「場所を追われた者」たちの物語

ザ・『ディスプレイスト(ヴィエト タン ウェン)

信子先生のおすすめの一冊

名作の背景を知る、もう一つの味わい方…

『サウンド・オブ・ミュージック』で学ぶ欧米文化(野口祐子)

信子先生のおすすめの一冊

残された物が語る人びとの記憶

ワルシャワの日本人形(田村和子)




@kansaiwoman


■ご利用ガイド




HOME