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死ぬことと見つけたり( 隆 慶一郎)

骨太で壮大な世界

死ぬことと見つけたり
隆 慶一郎(著)
時代小説の面白さに目覚めるきっかけとなった本をご紹介します。

物語の主人公、斎藤杢之助(もくのすけ)は佐賀鍋島藩の浪人。

江戸時代初期、戦国時代の乱世が終わり武士の生活が変わりつつある。そんな頃のお話です。

武士の仕事と言えば「戦」(いくさ)。

仕事が激減した彼らは、本領を発揮する場もなく時間を過ごしています。

当然、杢之助もそのうちの一人。

仕事もなく魚釣りと昼寝ばかりの日々に見えるのですが、「いくさ人」としての鍛錬は怠りません。

物事の本質を見抜く鋭い洞察力と動物的嗅覚をもって、様々な難題を解決に導きます。

武士道、とは何でしょう?

その生き方を説く「葉隠」(はがくれ)と言う修身書があります。

修身書、とは読んで字のごとく身を修めることについて書かれた書物です。

そして、題名である「死ぬことと見つけたり」は、その「葉隠」にある有名な一節なのです。

武士は忠義のために死ぬことをも辞しません。

杢之助の鍛錬を一つご紹介しましょう。

例えば、日課として毎朝、自身におこるあらゆる死の場面を想像します。

その一節をご紹介します。

(本文より)
『凄まじいまでに巨大な虎だった。岩の高所に軀を伏せ、血走った凶暴な眼でじっとこちらを見ている。いかにもしなやかな軀が、荒々しく息を吐くたびに波うつように見えた。今にも跳びかかろうという態勢だった。あの大きさでは、一跳びで自分に届くだろう。

…だが今朝の斎藤杢之助は、猛虎を退治することが目的ではない。自分が殺されること、正確にはその兇暴な爪で、金左衛門同様、頭のてっぺんから股座(またぐら)まで、まっ二つに引き裂かれて死ぬのが目的なのである。

…(中略)不思議なことに、朝これをやっておくと、身も心もすっと軽くなって、一日がひどく楽になる。考えてみれば、寝床を離れる時、杢之助は既に死人(しびと)なのである。死人に今更なんの憂い、なんの辛苦があろうか。』
これは父・用之助からきびしく躾けられた斎藤家三代にわたる鍛練法です。

毎朝死人となる杢之助。

島原の乱や鍋島藩のお家騒動など、一話完結ドラマになっており、一章ごとに杢之助の活躍が楽しめます。

人の顔色をうかがう、なんて杢之助にはありません。

ズバリ本質をつくその姿は、読み手を痛快な気分にさせます。

そして数々の功績に、浪人衆のみならず殿様にまで一目置かれる存在となっていくのです。

杢之助の生き方は終始一貫しています。

「自分の仕事を全うするだけ」

言葉で言うのは簡単ですが、命をかけて生き抜く姿に心打たれます。

読み進めるうちに一人の作曲家がうかびました。

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンです。

1770年にドイツに生まれた、音楽史上きわめて重要な作曲家です。

クラシックファンでなくともその名前を知らない人はいないでしょう。

少し話はそれますが、せっかくなのでベートーヴェンについてご紹介したいと思います。

学校の音楽室にあった、気難しい顔で髪を振りみだした肖像画を覚えていますか?

絵のイメージ通り、気性が荒く人づきあいは苦手なタイプだったようです。

近隣とも折り合いが悪く、なんと生涯に70回以上も引っ越したとか。

そんなベートーヴェンですが、音楽に注ぐ情熱は人並み外れていました。

やがて不幸にも聴力を失うのですが、それでもなお信念を曲げずに人生をひた走ります。

人に嫌われようが、耳が不自由になろうが命をかけて使命を果たす。

そこには「葉隠」しかり、武士道を全うする杢之助の姿が重なるのです。

芸術家の信念をゆるぎないものにする、

その根底には武士道と同じものがあるのではないか、と感じずにいられません。

ベートーヴェンの交響曲3番『英雄』をお聴きください。

その名のごとく圧倒的な格好よさがあります。

そして、己を奮い立たせる何かがあります。

その「何か」が「武士道」に繋がるのではないか。

著者の急死により、物語は未完となりました。

それが逆に、登場人物に永遠の生命を与えたようで、より一層ふかく魂に訴えかけます。

隆慶一郎の骨太で壮大な世界

その魅力に触れてみてはいかがでしょうか。
死ぬことと見つけたり
隆 慶一郎(著)
新潮文庫
常住坐臥、死と隣合せに生きる葉隠武士たち。佐賀鍋島藩の斎藤杢之助は、「死人」として生きる典型的な「葉隠」武士である。「死人」ゆえに奔放苛烈な「いくさ人」であり、島原の乱では、莫逆の友、中野求波と敵陣一番乗りを果たす。だが、鍋島藩を天領としたい老中松平信綱は、彼らの武功を抜駆けとみなし、鍋島藩弾圧を策す。杢之助ら葉隠武士三人衆の己の威信を賭けた闘いが始まった。 出典:amazon
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植木 美帆
チェリスト

兵庫県出身。チェリスト。大阪音楽大学音楽学部卒業。同大学教育助手を経てドイツ、ミュンヘンに留学。帰国後は演奏活動と共に、大阪音楽大学音楽院の講師として後進の指導にあたっている。「クラシックをより身近に!」との思いより、自らの言葉で語りかけるコンサートは多くの反響を呼んでいる。
Ave Maria
Favorite Cello Collection

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