シェルフ・ライフ(ナディア・ワーセフ)
![]() |
|
![]() よりいっそう世界に参加するための場所をつくる シェルフ・ライフ
カイロで革新的な書店を愛し育て、苦悩した記録 ナディア・ワーセフ (著), 後藤絵美 (翻訳) 書店は私的な空間であると同時に公的な空間でもある。そこは私たちが世界から逃避する場所であるとともに、よりいっそう世界に参加するための場所でもある。
本書は、エジプトの首都カイロで書店を立ち上げ、最盛期には10店舗にまで拡大した女性の回想録です。
著者ナディア・ワーセフさんと姉のヒンドさん、2人の古い友人ニハールさんらが立ち上げた書店ディーワーンは、それまでのエジプトの書店のイメージをまったく覆すものでした。 ディーワーンが登場するまで、エジプトには3つのタイプの書店がありました。政府系の書店、出版社が経営する書店、新聞や文房具を主に売り、その傍らに書籍を置く地元の小売販売店です。 本は粗悪な紙に印刷され、著作権を扱うエージェントはいませんでした。サイン会、出版記念会などもなく、出版界は低迷していました。 そのような状況のもと、ディーワーンは誕生しました。 裕福な家庭に育ち、イギリス系の学校で高度な教育を受けたヒンドとナディア姉妹は、それぞれの得意分野を生かして、アラビア語の本、英語の本、ハイセンスなアート本などを仕入れ、競い合いながら充実した書棚をつくります。 ディーワーンは、女性たちのサードプレイスになることも目指しました。サードプレイスとは、家庭、職場とは別の居場所を指します。そこでは上下ではなく水平の関係が築かれ、人が個人として尊重されるようなコミュニティが形成される場所であるとされます。(詳しくは『サードプレイス』の書評をどうぞ) 20世紀後半、エジプトでは娯楽のための空間が少しずつ減っていました。それでも男性たちにはモスクや理髪店、喫茶店、スポーツクラブといった場がありましたが、多くの女性は家だけが居場所であるという状況でした。 そこで、ナディアさんらは、ディーワーンに居心地の良いカフェを設け、友人同士が集まったり、何時間でも居座れたりできるような場をつくりました。エジプトにはほとんどない女性向けの清潔な公衆トイレも提供しました。 アーティストにデザインを依頼したショッピングバッグも評判を呼び、ディーワーンはもくろみどおり、女性たちが安心して立ち寄り、集える場所となります。 しかし、20年にわたるディーワーンの歩みにおいては、さまざまな苦悩もありました。 女性経営者への偏見や侮辱的な態度、賄賂がまかり通るエジプトのお役所とのやりとり、 売り上げが伸びず撤退せざるを得ない店舗、社会情勢の急変などを経て、 ナディアさんは経営から退き、イギリスに渡って新しい人生を歩み始めます。ディーワーンはニハールさんとかつての社員らが引き継いでいます。 本書は、成功物語としての語りよりも、むしろ、男性中心社会で女性が理想の場所をつくろうとするときに向き合わざるを得ない、さまざまな葛藤をたどるものです。エジプトにも経営手腕を発揮した女性はいたにもかかわらず、誰かの娘、誰かの妻としてしか知られていないことを指摘するところは、J.S.ミルの『女性の解放』を思い起こしました。 そうした意識をもったナディアさんは、自宅の掃除を請け負っていた女性の苦境を知り、ディーワーンのカフェで提供するケーキを作るという小さなビジネスのアイディアとチャンスを提供し、その女性がひとりの経営者となっていくきっかけを作ったりもしました。 お嬢様育ちでありながら、猪突猛進。誰よりもよく働き、情熱的で、ちょっと口が悪くて、強い意志を貫きながらも自分の弱さも率直に認める。そんな女性経営者の、書物への愛や造詣が魅力の一冊です。 シェルフ・ライフ
カイロで革新的な書店を愛し育て、苦悩した記録 ナディア・ワーセフ (著), 後藤絵美 (翻訳) 出版社 : GB (2023年) 男性優位のエジプトで、彼女は闘う。したたかに、懸命に—— 出典:amazon ![]() 橋本 信子
大阪経済大学経営学部准教授 同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。専門は政治学、ロシア東欧地域研究。2003年から初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発にも従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。 BLOG:http://chekosan.exblog.jp/ Facebook:nobuko.hashimoto.566 ⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら |