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掬えば手には(瀬尾まいこ)

自己肯定感が低すぎて共感できず

掬えば手には
瀬尾まいこ(著)
私がパーソナリティを担当している大阪府箕面市のコミュニティFMみのおエフエムの「デイライトタッキー」。

その中の「図書館だより」では、箕面市立図書館の司書さんが選んだ本をご紹介しています。

2024月7月17日放送の番組では、瀬尾まいこさんの『掬えば手には』をご紹介しました。
梨木くんは19歳の大学生。

彼は自分が全てにおいて平均的な人間だと思っている。

中肉中背。イケメンでもなければパンチの効いた顔立ちでもない。

成績は常に真ん中あたりで、運動も大体クラスの真ん中あたり。

とにかく何をやっても平均値なのだ。

梨木くんにとって「平均」「平凡」は肩身の狭いものだった。

というのも、梨木くんの父はカメラマン、母はバイオリニスト、姉は画家の卵で現在海外留学中。

自分以外は非凡、特別な才能の持ち主なのだ。

梨木くんは幼い頃から両親が自分にも期待をかけていることがわかっていた。

「この子にはどんな才能があるのかな?」と。

そして両親は常に、勉強はできなくてもいいから、自分の才能を伸ばせばいいと言い続けてきた。

ところが成長するに従って、梨木くんには親が期待するような特別な才能はなさそうであることがわかってきた。何せ、何をやっても常に真ん中あたりなのだ。

普通ならそれほど不満に思われることではないだろうが、梨木くんはそんな自分に引け目を感じずにはいられない。

ところが中学3年生の秋、梨木くんは自分にも特殊な能力があることに気が付いた。

自分はどうやら「人の心が読める」らしい。

以来、梨木くんは人の気持ちを読んで、困っている同級生を助けたり、カップル成立に一役買ったりしてきた。そんな梨木くんのことを「エスパーだ」というクラスメートもいる。

人にはない能力がある、それは梨木くんにとって「存在意義」だった。

梨木くんはオムライスのお店でアルバイトをしている。そのお店はアルバイト生が3日続かないという伝説のお店だ。何しろ店長がひねくれ者で、口が悪いのだ。

気持ちが読める梨木くんだからこそ「こう見えて寂しがりや」と理解でき、続けられているのかもしれない。

そこに、新たに常盤さんという女性が加入した。

そしてなんと、店長の悪口雑言にも耐えて辞めずに働き続けている。

常盤さんはプライベートな会話をしない。

医療系の専門学校に通っていることくらいは聞き出せても、それ以上の会話を望んでいないようなのだ。

梨木くんが心を読もうとしても、全くわからない。

感情の起伏がないというか心の扉を閉ざしている感じがする。

ところがある時、常盤さんの内部から、幼い子どものような声が聞こえてきた。

その声は梨木くんにしか聞こえないようだ。この子は一体誰なのか?!
(瀬尾まいこさん『掬えば手には』の出だしを私なりにご紹介しました)
私は最初、梨木くんに親近感を覚えました。

私も子どもの頃から「特別な才能」に憧れながら自分にはそれがないことがわかっていたから。

自慢げに聞こえたら申し訳ないのですが、私はなんでも、やる気になったらそこそこはできるのです。

日本舞踊は名取になれたし、勉強もそこそこ優秀。運動は得意ではないけれど、箸にも棒にもかからないわけではない。ただ、何でもそこそこできるけれど、何ひとつ突出したものがありませんでした。

ですから、私が担当しているラジオ番組コーナー「聞かせて!ペット自慢」が、2020年に第22回JCBA近畿コミュニティ放送賞 優秀賞をいただいたときは心底嬉しかったものです。

もちろん私一人が受賞したわけではなく、局のスタッフやペット自慢に出演してくださった皆さんのおかげではあるのですが、その代表として表彰していただけるのだと思うと、嬉しくて嬉しくて。

生まれて初めての表彰式だ!と大喜びしたのですが、残念なことにコロナ禍真っ只中で、表彰式は中止。後日スタジオに表彰状が送られてきました。うーむ、残念。もしかしたら後にも先にも表彰はこれっきりかもしれないのに。今思い返しても残念ですわ。

かなり脱線しましたが、特別な才能がないと自覚している私なので、主人公の梨木くんに同調できるような気がしたわけです。

ところが、読み進めるうちに、どうしても梨木くんに寄り添えないことがわかりました。

それは、梨木くんがあまりにも自己肯定感が低いから。

私はですね、自分に突出した才能がないことはわかっています。だけど、なぜか自己肯定感は高い。

いや、自己肯定感というよりも、自分が好きなのですよ。自己愛、というほど強い気持ちではありませんし、そんな自惚れもありません。

「表彰されたことなんか一度もない。何をやってもてっぺんを取れないけど、私はそんな自分を気に入ってるんだ〜」

くらいの、軽い気持ちです。

私の周辺の人も、自己肯定感が高い人が多いような気がします。

昔からの友達も、世の中に特別に優秀な人、美しい人、強い人、速い人はごまんといることは知った上で、自分を卑下せず、かといって人を見下すこともせず、自分自身を生きているように見える人が多いのです。

悪いけど、私は梨木くんとは友達になれないような気がするわ。

そして驚くことには、この小説に登場する人物がほぼ全員、自己肯定感が低いんです。

梨木くんがアルバイトしているオムライス屋さんの店長 大竹さん。

彼は39歳の男性で、アルバイト生に暴言ばかりはいております。

のちに、彼はある出来事で心に傷を負い、そんな捻くれ者になってしまったとわかるのですが、もともと自分をそれほど好きではないからそんなことになっちゃうのではないかしらん。

極め付けは心を閉ざしている常盤さん。

彼女は自分の人生を楽しむことに罪悪感を抱いています。

今風に言えば陰キャですわ。

多分、私がこの小説の中に生きていたら、どの人物とも仲良くなれないと思う。

性格的なことだけでなく、私が梨木くんを受け入れられない理由はもう一つありましてそれは「話を作る」こと。

誰かの心を読んで、その人が困っている場合、うまく打開できるようにしてあげようとする、その気持ちは優しくて良いと思うのだけれど、そのために「話を作る」んです。

嘘をつく、というとキツすぎると思うけれど、大きな枠で見ると嘘をついているのと同じかもね。

「嘘も方便」の範囲内だとは思うけれど、私はそういうのが好きではないのです。

話を作らずに解決する方法を探してほしいと思ってしまうのでした。

あ、今急に思い出しました。

何をしても平凡・平均以外に、私には梨木くんと似たところがありました!

梨木くんは「人の心を読める」わけですが、私は時々オーラが見えたり、霊的なものを感じることがあったのだわ。

とはいえ、この小説はエスパーの話かと思ったら、そこが主旨ではありませんでした。

最後まで主人公に寄り添うことはできませんでしたが、真に悪い人が出てこず、ほのかに明るい終わり方なのは良かったです。
掬えば手には
瀬尾まいこ(著)
講談社
大学生の梨木匠は平凡なことがずっと悩みだったが、中学3年のときに、エスパーのように人の心を読めるという特殊な能力に気づいた。ところが、バイト先で出会った常盤さんは、匠に心を開いてくれない。常盤さんはつらい秘密を抱えていたのだった。だれもが涙せずにはいられない、切なく温かい物語。 出典:楽天
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

パーソナリティ千波留の
『読書ダイアリー』

ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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