女坂(円地文子)
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![]() 女坂
円地 文子 (著) 中学高校時代から名前だけは知っていた円地文子さん。
しかし、読みたいと思ったことが一度もありませんでした。 どうして、と聞かれると説明しづらいのですが、瀬戸内寂聴さんの作品と合わせて、絶対に読まないぞと決めていたのでした。 ちなみに当時、好きでよく読んでいた女性作家は有吉佐和子さんです。 まさか自分が円地文子さんの作品を読んでみようと思い立つ日が来るとは。 しかも、読み終わった時に、感嘆の気持ちをいだくようになるとは。 人は生きているうちに、どんどん感性が変わっていくものなのですねぇ。 ヒロインの名前は倫(とも)。夫を立てながらも、芯の強い女性だ。倫の夫は地方官吏。今と違って「おかみに仕える」人たちはとても羽振りが良かった。そして道徳観も今とは全く違い、出世するような男性は、女性の一人や二人は囲っていて当然とされていた。また、そのことを妻が認めるのは当然と思われていた。
倫が夫の命令に従い、適当な妾(作品中の表現をそのまま使います)を探すため上京するところから物語が始まる。しかも、そのお妾さんは倫たち家族とは同居するという。理不尽なことを命じられたと思う反面、どの道 家にお妾さんを入れることになるのなら、夫が勝手に連れてくる女性を迎えるより、自分で性格などを見極めて、扱いやすい女性を選んだ方がましかと、夫に感謝したいような気になっている倫だった。 その後も夫は、小間使いや長男の嫁にまで手をだす。それに伴って倫と夫婦関係は冷え切っていくが倫は一言も文句を言わない。お金の出入りや、細々とした家のことをしっかりと握り、夫にとってというよりも、「家」にとってなくてはならない存在になっている。いわば支配人のような立場を築きあげていく。夫だけではなく、息子や孫の不始末に駆け回る倫。自分を押し殺すようにして「家」を守っていくのだった。 まさに「女の一生」です。
浮気だけでも腹立たしいのに、「適当な(ふさわしい)相手を見つけてこい」ですと? そして同居するですと?! もうね、嫁の立場で読むと何もかもが腹立たしい限りなのですが、そういう時代が実際にあったということで、あまり感情移入しないようにして読み続けました。(でないと憤死しちゃう) 円地文子さんすごいなと思ったのは、そういったドロドロのお話を、端正な日本語で、丁寧に、淡々と書き綴っていること。主人公の立場に深入りしすぎて、感情を思い切り高ぶらせることはありません。 たとえばテレビドラマで考えてみると、ものすごく波乱万丈な筋書きのドラマのナレーションが、喜怒哀楽を大げさに表現したとしたら、見ている人はそこでしらけてしまうでしょう。 あくまでも、語り手が淡々とすればするほど、物語の登場人物たちが生き生きしてくるのです。 ああ、円地さんすごいわ。 もう一つ、登場人物たちを引き立てていたのは緻密な風俗描写。 明治初期ということで、女性はほとんどみんな着物を着ています。 着物の素材や色柄、帯の色が細かく描かれていて、それだけで、それを着ている人の年恰好がわかるだけでなく、季節もわかる。 たとえば、倫の孫、瑠璃子についての描写。 「房々した髪をお下げのまま、前髪をふくらませたマーガレットに結い、蝉の羽のような水色の紗のリボンをいただきに結んでいる。 白地に百合の花模様のメリンスの単衣に赤い帯を締めて、穂の出はじめた花薄の大きい株のそばに一人立っているのが、どうやら泣いているらしく萎れて見える。」
(円地文子『女坂』/新潮文庫 P174~P175より引用)
瑠璃子の髪の毛の量や雰囲気、着物の質感、手触りまでが伝わってきます。
目に浮かぶよう。 そして上の文章でもおわかりのように、円地文子さんの文章は一文が長め。 でも、文意がねじれたりすることはなく、すっと流れのままに読むことができます。 すばらしい文才です。 やっぱり、後世に名を残す作品にはそれだけの価値があるのだと思い知りました。 はっきりした理由なく、食わず嫌いでこの年まで円地さんの作品を読んでいなかったのは幸いかも。 おそらく、10代、20代の頃にこの作品を読んだとて良さが理解できなかったことでしょう。 今は、円地さんに深く尊敬の念を抱いています。 これをきっかけに、他の作品も読みたくなりました。 ![]() 池田 千波留
パーソナリティ・ライター コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。 BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」 ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HP/Amazon
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