丁寧に生きるという選択
ライフスタイル 2016-05-13
Tree of life 「人生の木」 |
新緑の5月ですね。皆さんはどのようにお過ごしでしょうか。
少し前、新しいプランツを植えようと庭の土を掘っていたときのことです。
土の中から小さな「もやし」の芽のようなものを発見し、びっくりしたことがありました。
なんだろうと思いながら「あっ」と思い出したのは、去年そこに植えたプランツの存在でした。
土の上の部分は、冬の寒さで一時的になくなってしまったので、
そこに何かがあったことすらすっかり忘れていたのです。
ホスタというそのカラーリーフは、実に美しい葉を広げ、
私たちを楽しませてくれていたのにもかかわらず、
いつの間にかその姿を忘れてしまっていたのです。
ちょうど空いたスペースがあると思い、何を植えようかなと土を耕していたのです。
すっかりホスタに申し訳ない気持ちで、その「もやし」をゆっくり土に返したのですが、
ガーデニングという作業は、私にいろいろなことを教えてくれます。
宿根草と呼ばれる種類の植物は、冬の間になくなったように見えても
時期が来ると芽を出し、花を咲かし、それが終わるとまたしばらくの間、土の中で休息し、
養分を蓄え一回り大きくなって、また芽を出してくれるのです。
その間いっときも休む間も無く成長しています。それも、見えない土の中でです。
土を掘ってみると、土の中は思ったよりいろいろな根が深くはりめぐらされていて、
「もやし」は複雑な土の中のほんの一部であることがわかりました。
根が地中で重なり合い、つながっているのです。
そんな様子はまるで、スタートの時期を待っている「新しいプロジェクト」のようです。
過去に種を蒔いたアイデアは、消えて無くなることなくしっかりと根を張り、
時期が来ると、忘れていようがちゃんと芽を出し、
葉を広げ、花を咲かせ、実をつけてくれるのです。
今自分の置かれている状況を見てみると、
昔に植えた、忘れかけていた幾つかの種に気づくこともあります。
人間関係、仕事関係、生活を取り巻くその他の諸々も、
昔に「植えた」思考の種や、行動の種が、
ゆっくりと型になり、今の現実を創り出していると感じます。
空白と思われた時間でさえも意味のあることで、
それに気づかないのは、植えた種を忘れていた自分にすぎないことにも気づかされます。
ホスタの存在を忘れていたように。
どんな種(アイデア)をどこに、いつ蒔くのかも大切ですが、
温度や土壌という条件と環境が整い、パーフェクトな状態にならないとどうしても芽が出ません。
種の中に刻み込まれた特徴はそれぞれです。ゆっくりとしか芽の出ないものもあります。
成長の度合いもそれぞれ違います。成長してからも実際に枯らしてしまった植物もあります。
生気を失った姿にがっかりしながら、しばらくしてその奥をみてみると、
緑の新芽がほんの少しのぞかせている姿に励まされることもありました。
5月に入り、土の中の「もやし」だったホスタは、ぐんぐん葉を広げています。
暑い日は数時間ですら、成長の具合が目に見えます。
そんな姿には本当にびっくりさせられます。
それも土の中で待っていたんだなと思うと、「見えなかったもの」への必然性を感じるのです。
Tree of life
「人生の木」というモチーフが宗教や哲学に多くみられます。
そのコンセプトの中に、文化を超え、様々な宗教観を超えた共通点を見ることができます。
植物の成長の神秘と私たちの人生を結びつけているのは、
私たちの一生はまるで木の成長のようなものだ、
ということを教えてくれているのかもしれません。
大きな天体の動きの中で、外からいろいろなプレッシャーにさらされ、
同時にいろいろな成長のチャンスを与えられ、
それらを通して英知という養分を蓄え、枝を、そして根をゆっくり大きく伸ばしていく。
種から木、その過程で様々なことが起こりうるでしょうが、
土の中で根を張り、土の上で大きく枝を広げた tree of life。
その全体像をイメージすることで勇気がもらえます。
これからも意識の種を、そして未来につながるプロジェクトの種を
植えることができればいいなと思います。
少し前、新しいプランツを植えようと庭の土を掘っていたときのことです。
土の中から小さな「もやし」の芽のようなものを発見し、びっくりしたことがありました。
なんだろうと思いながら「あっ」と思い出したのは、去年そこに植えたプランツの存在でした。
土の上の部分は、冬の寒さで一時的になくなってしまったので、
そこに何かがあったことすらすっかり忘れていたのです。
ホスタというそのカラーリーフは、実に美しい葉を広げ、
私たちを楽しませてくれていたのにもかかわらず、
いつの間にかその姿を忘れてしまっていたのです。
ちょうど空いたスペースがあると思い、何を植えようかなと土を耕していたのです。
すっかりホスタに申し訳ない気持ちで、その「もやし」をゆっくり土に返したのですが、
ガーデニングという作業は、私にいろいろなことを教えてくれます。
宿根草と呼ばれる種類の植物は、冬の間になくなったように見えても
時期が来ると芽を出し、花を咲かし、それが終わるとまたしばらくの間、土の中で休息し、
養分を蓄え一回り大きくなって、また芽を出してくれるのです。
その間いっときも休む間も無く成長しています。それも、見えない土の中でです。
土を掘ってみると、土の中は思ったよりいろいろな根が深くはりめぐらされていて、
「もやし」は複雑な土の中のほんの一部であることがわかりました。
根が地中で重なり合い、つながっているのです。
そんな様子はまるで、スタートの時期を待っている「新しいプロジェクト」のようです。
過去に種を蒔いたアイデアは、消えて無くなることなくしっかりと根を張り、
時期が来ると、忘れていようがちゃんと芽を出し、
葉を広げ、花を咲かせ、実をつけてくれるのです。
今自分の置かれている状況を見てみると、
昔に植えた、忘れかけていた幾つかの種に気づくこともあります。
人間関係、仕事関係、生活を取り巻くその他の諸々も、
昔に「植えた」思考の種や、行動の種が、
ゆっくりと型になり、今の現実を創り出していると感じます。
空白と思われた時間でさえも意味のあることで、
それに気づかないのは、植えた種を忘れていた自分にすぎないことにも気づかされます。
ホスタの存在を忘れていたように。
どんな種(アイデア)をどこに、いつ蒔くのかも大切ですが、
温度や土壌という条件と環境が整い、パーフェクトな状態にならないとどうしても芽が出ません。
種の中に刻み込まれた特徴はそれぞれです。ゆっくりとしか芽の出ないものもあります。
成長の度合いもそれぞれ違います。成長してからも実際に枯らしてしまった植物もあります。
生気を失った姿にがっかりしながら、しばらくしてその奥をみてみると、
緑の新芽がほんの少しのぞかせている姿に励まされることもありました。
5月に入り、土の中の「もやし」だったホスタは、ぐんぐん葉を広げています。
暑い日は数時間ですら、成長の具合が目に見えます。
そんな姿には本当にびっくりさせられます。
それも土の中で待っていたんだなと思うと、「見えなかったもの」への必然性を感じるのです。
Tree of life
「人生の木」というモチーフが宗教や哲学に多くみられます。
そのコンセプトの中に、文化を超え、様々な宗教観を超えた共通点を見ることができます。
植物の成長の神秘と私たちの人生を結びつけているのは、
私たちの一生はまるで木の成長のようなものだ、
ということを教えてくれているのかもしれません。
大きな天体の動きの中で、外からいろいろなプレッシャーにさらされ、
同時にいろいろな成長のチャンスを与えられ、
それらを通して英知という養分を蓄え、枝を、そして根をゆっくり大きく伸ばしていく。
種から木、その過程で様々なことが起こりうるでしょうが、
土の中で根を張り、土の上で大きく枝を広げた tree of life。
その全体像をイメージすることで勇気がもらえます。
これからも意識の種を、そして未来につながるプロジェクトの種を
植えることができればいいなと思います。
おすすめのコラム
コラムのジャンル一覧