腕が鳴る(桂望実)
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![]() 宝塚ファン暦40年のヒロイン登場! 腕が鳴る
桂 望実(著) 『腕が鳴る』とはなかなか古風な言い回しです。
簡単にできないことに直面して「やってやるぞー!」(関西弁では「やったるデ!」)と思った時に使う言葉。 さて、この小説ではどういうジャンルに腕が鳴るのでしょうか? それは整理収納に関して。 この小説の主人公の職業は整理収納アドバイザー。 とっ散らかった部屋、「汚部屋」なんて呼ばれたりする家や部屋をスッキリ片付けるだけではなく、時間が経ってもリバウンドせず、住人が望む生活スタイルを確立させるところまでサポートするのを信条としている中村真穂が主役です。 見積もりのために訪ねてきた真穂に対して、散らかりきった部屋を見せることを恥ずかしがるクライアント。 わかる。私も家を見られたら絶対恥ずかしい。 そんな相手に真穂は言うのです。 「腕が鳴ります」と。 「散らかってますねー」でもなければ「大丈夫ですよ」でもなく「腕が鳴る」。 なんと頼もしいヒロインでしょうか。 初めてこの本を手に取った時には、タイトルと表紙からどんな話なのか全く想像がつきませんでした。 と言うのも、表紙に描かれた女性がどんな人か見当がつかなかったから。 赤いフレアスカートに白いフリルのブラウス、緩めのパーマがかかった栗色のロングヘアにカチューシャをしている女性が手に持っているのはガムテープのよう。はて?一体何をしているのだろう? その疑問はわずか2ページで解決しました。 この表紙の女性こそが、整理収納アドバイザーの中村真穂なのですよ。 ただ、こんなフリルのブラウスを着て、家の片付けができるものでしょうか? それもすぐに解決します。 真穂がこのような服装でクライアント宅に現れるのは、最初だけ。 部屋の様子を見て、支払い金額の見積もりを出すときだけ、このような服装で現れるのです。 なるほど。 実戦の時には動きやすく汚れても良い服装で現れるのだから良いのだけれど、私服があまりに職業に似合わない。 ちょっと変わった人物かも。 でも私、この人を知っている気がする… いや、この人(中村真穂)そのものを知っているのではないかもしれない。 こういうファッションを見慣れている気がするのよ。 その感覚が正しかったこともすぐにわかります。 中村真穂は宝塚ファン暦40年、私と同類だったのです。 宝塚大劇場や阪急電車の中でこういう服装の人を見かけるものねぇ。 というか、真穂と私はヘアスタイルが違うけれど、ファッションの傾向は似ている気がする。 要するに、宝塚ファンにありがちなファッションということ。 ああ、まさか、長年の宝塚ファンが主役の小説が現れるとは! もうこの時点で小説世界への没入度は100%となりました。 主人公が宝塚歌劇ファンであることだけが、小説を身近に感じる理由ではありません。 この本に収められている5つの「整理収納」話がどれも興味深いのです。 私自身、部屋を散らかすタイプなので、いつもいつも「ああ、部屋を片付けたい」「ホテルのようにすっきりとした部屋にしたい」と思っているので、クライアントさんの気持ちがとてもわかる。自分のことのよう! 収められている短編のタイトルを紹介しましょう。 第一話 買い過ぎた家 第二話 物が消えるリビング 第三話 服が溢れるクローゼット 第四話 段ボール箱だらけのアパート 最終話 ちょい置きでカオスになった部屋
(桂望実さん『腕が鳴る』 目次より転記)
片付けられない人の年齢や片付けられない理由はさまざま。
第一話は、夫亡きあと一人暮らしになってから物が増えてしまって収拾がつかない70代の女性のお話。 第二話は、どちらも55歳の夫婦の場合。大雑把な妻が散らかし放題で、夫がイライラしています。 第三話は、夫と中学生の娘の世話、家事、そして仕事と忙しく、買い物でストレスを発散している40代主婦の話。 第四話は、60代独身男性の家。友人の遺品を引き取って…… 第五話は パートナーともども物の整理が苦手で、ついちょい置きしては物が見つからず、無駄な探し物をしてばかりの52歳の女性のお話。 年代や片付かない理由は違っても、このままではいけない、なんとかしたいという気持ちは一緒です。 わかるわ。 真穂は、見積もりの際、じっくりと話を聞きます。 あるいは、真帆から質問をして何が問題なのか、この先どうしたいのかをはっきりさせてから整理収納に取り掛かるのです。 真穂は片付けをこのように表現します。 片付けは過去と未来を再編成する作業でございます。 (桂望実さん『腕が鳴る』P36より転記)
単純に捨てればいいのではない。
溢れかえったものに象徴されているのは、過去の自分。 それを直視して、これからどう生きていきたいのか考えながら物を手放す、あるいは保管する。 それが本当の整理収納です。 クライアントの境遇や性格によって、全然違うアプローチをしますし、必要だと感じたらクライアントを宝塚観劇に誘ったりもします。 ああ、そんな整理収納アドバイザーが近所にいたら! 中村真穂が主人公だと書きましたが、真穂が手腕を発揮する「汚部屋」の住人の境遇や、今後の展望がメインなので、真穂がグイグイ前面に出てくることはありません。 ケースごとの整理収納術も面白く参考にしながら読めます。 そして最後に、真穂自身の過去が明かされ、片付けの意義がジーンと胸に迫ってくるのでした。 うん、やっぱり我が家もすっきりさせたい! 真穂メソッドで物を減らしてみようかな。 五作とも面白く読めましたが、第四話だけがちょっと系統が違いました。 整理収納の方法論よりも、どう生きてどう死ぬのが正解なのか考えさせられました。 寂しくもありながらトボけた味わいもあり、私は第四話が一番好きです。 きっと中村真穂が観劇するのは宝塚大劇場ではなく、東京宝塚劇場でしょう。 今度東京公演を見に行ったら、思わず中村真穂を探してしまうかも。 実在の人物ではないとわかっていても。 【パーソナリティ千波留の読書ダイアリー】 この記事とはちょっと違うことをお話ししています。 (アプリのダウンロードが必要です) 腕が鳴る
桂 望実(著) 祥伝社 夫に先立たれ一人暮らしのタカ子は、ついモノを買い込んで、気づけば家は散らかり放題。整理収納アドバイザーの中村真穂に片付けを依頼すると、棚の奥からタカ子の編んだ大量のセーターが現れた。タカ子は迷わず「捨てる」と言ったのだが…亡き夫の愛とタカ子の再出発を描く「買い過ぎた家」のほか、クセは強いが腕は確かな整理収納アドバイザーの、人生をも整えるお片付け連作小説。 出典:楽天 ![]() 池田 千波留
パーソナリティ・ライター コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。 BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」 ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HP/Amazon
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