ベリングキャット(エリオット・ヒギンズ)
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![]() オープンな情報で真相を解明するインターネット探偵団 ベリングキャット
デジタルハンター、国家の嘘を暴く エリオット・ヒギンズ(著) シリアにおける化学兵器の使用、マレーシア航空17便撃墜事件、ロシアの元スパイの毒殺未遂事件、ロシアの反体制活動家の毒殺未遂事件。この10年ほどのあいだに世界を騒然とさせた出来事の謎の解明の立役者が、本書の主役、べリングキャットです。
べリングキャットは、インターネットを駆使して、見過ごされている問題、発見されていない問題に関する情報を収集・分析し、その結果わかったことを拡散して世界に広く知らしめることを目的に活動する、いわば「インターネット探偵団」です。著者のヒギンズ氏はその創設者です。 べリングキャットはハッカー集団とは違います。調査には、普通の市民が普通にアクセスできるオープンな情報を使います。べリングキャットが発表する調査結果には情報の出所が明記されているので、他の人も検証することができます。ネットに散らばる手がかりを集めて、正義をおこなう、説明責任を求めていくというのがべリングキャットの活動目的です。 インターネット上には、実にさまざまな情報が散らばっています。それらを突き合わせていくことで明らかになることがたくさんあります。かつては、空からの偵察は豊かな国の軍部や情報局にしかできませんでしたが、今ではGoogleアースなどで、普通の市民が簡単に衛星写真を見ることもできます。本書には具体的な調査手法も紹介してあるので、時間をかけて根を詰めて取り組めば、私たちにも謎を解明できるかもと思えてきます。 2014年7月17日に起きたマレーシア航空17便撃墜事件も、インターネット上のオープンな情報で真相を解明した例です。同機はウクライナ東部上空で撃墜されました。当時、ウクライナ東部では、独立を求める親露派勢力と、ウクライナ政府軍が衝突していました。一体どちらが旅客機を撃ち落としたのか。情報は錯綜していました。 そのうち、インターネット上に、ミサイル発射機が移動していたことを示す動画や写真がぽつぽつと出現しました。それらにちらっと映り込んだ建物や樹木、標識、看板、影の長さなどを手がかりに位置を絞り込んでいくと、ミサイル発射機がどこからどこへと移動したのかがわかってきました。 次に、このミサイルを保有する組織や発射の命令系統を洗い出していきます。TwitterやFacebookといったSNSには断片的でもたくさんの情報が発信されています。それらを丹念に拾っていくと、軍事行動の指揮系統や、誰が責任者であるかまで浮かび上がってきました。そうして、べリングキャットは、この撃墜事件は親露派勢力によって引き起こされたことを明らかにしたのです。 先ごろ収監先の刑務所で亡くなったロシアの反体制活動家ナワリヌイ氏が2020年に毒殺未遂に遭った事件でも、ベリングキャットのメンバーが実行犯らを特定しました。その追跡の経緯は、ドキュメンタリー映画「ナワリヌイ」(2022年公開)で見ることができます。べリングキャットの調査方法を知ることができる、非常にスリリングでエキサイティングな映画です。映画の鑑賞記録をブログに載せていますので、そちらもどうぞ。 戦争犯罪の追及だとか、暗殺犯の特定、航空機撃墜事件の真相究明などと言うと、普通の市民には縁遠く思えますが、実は私たちにもインターネット上の情報を使って問題を究明できることがたくさんあるといいます。たとえば、ヒギンズ氏は、新しくできた政治グループの来歴を調べてみるとか、身近な地域のゴミの散乱を地図アプリに記録して公衆衛生の問題として行政や報道機関に提起するといったことを例に挙げています。一人、あるいは小さなグループでの取り組みがどんどん広がっていって、大きなコミュニティとなっていくこともあります。べリングキャットはまさにそうでした。 そういえば、桜の開花情報、動植物の分布、気象情報などを広く市民に提供してもらって精確な環境のデータを収集する取り組みや、性犯罪につながるような投稿を見つけて通報することで犯罪を防止する学生グループなど、インターネットを活用した調査や活動は、すでにさまざまなところで展開されています。 人々が虚偽の情報に絡めとられないよう、また吊し上げや私的制裁といったようなネット上のリンチへと暴走しないよう、メディアリテラシーを高める教育や啓蒙活動を進めながら、インターネットという情報の宝庫を活用して、隠れた社会の問題を解決していけるとよいですね。 ベリングキャット
デジタルハンター、国家の嘘を暴く エリオット・ヒギンズ(著) 筑摩書房(2022年) 国家は平然と嘘をつく。その虚偽を真っ先に暴いたのは大手メディアではなく、オンラインに集う無名の調査報道集団だった。世界中が注目する彼らの活動を初公開する。 出典:amazon ![]() 橋本 信子
大阪経済大学経営学部准教授 同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。専門は政治学、ロシア東欧地域研究。2003年から初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発にも従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。 BLOG:http://chekosan.exblog.jp/ Facebook:nobuko.hashimoto.566 ⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら |
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