青春をクビになって(額賀澪)
好きなことを思い切りできるのが青春 青春をクビになって
額賀澪(著) 私がパーソナリティを担当している大阪府箕面市のコミュニティFMみのおエフエムの「デイライトタッキー」。その中の「図書館だより」では、箕面市立図書館の司書さんが選んだ本をご紹介しています。
2023年10月25日放送の番組では、額賀澪さんの『青春をクビになって』をご紹介しました。 大学で非常勤講師をしている瀬川朝彦、35歳。
大学、大学院の修士課程と博士課程、合わせて9年間、古事記を愛し研究・追究した。そののち、非常勤講師として大学で授業を担当しながら古事記の研究を続けている。 非常勤講師はとても不安定な職業だ。 労働契約法では「有期雇用されている人が5年を超えて契約更新される場合、無期労働契約への移行を申し込める」ことになっている。非常勤講師から常勤になりたいと言えるはずなのだ。だが現実社会ではそのようなことは滅多にない。最長で5年勤めたら、契約解除となり、また別の非常勤講師の口を探さないといけない。 朝彦は契約3年目。あと2年はこの大学に居て好きな古事記の研究を続けられると思っていたのに、「来年の3月をもって契約終了となります」と通告されてしまった。あと半年で新たに非常勤講師の枠を探すことはおそらく難しい。なぜなら、朝彦以外の多くの研究者も同じ状況だからだ。 朝彦の同期生 栗山は、こんなヒリヒリした環境に見切りをつけ、起業した。2年間で会社は軌道に乗ったらしい。たまに会って食事をする時、いつも栗山が奢ってくれる。情けないが、見栄は張れない。節約しなければ研究を続けていけないのだから。 半年の間になんとかしなくてはと焦っていた朝彦に、とんでもない知らせが入った。 誠実な性格で、真摯な研究を続けていた先輩が、行方不明になったのだ。しかも、大学所有の大事な資料を持って。大学側はそれを窃盗だと決めつけている。そんなことをする人でないことを朝彦たちはよくわかっていた。 朝彦は、先輩を心配すると同時に、自分の将来を見るような気がした。 (額賀澪さん『青春をクビになって』の出だしを私なりにまとめました。) 私は大学時代、文学部でした。
子どもの頃から本を読むのが好きだったのです。 古事記を「本」と言ってしまって良いのかどうかはわかりませんが、古事記を愛し、研究する登場人物たちの考え方や喋る内容などは、私にはとても心地良く、楽しいものでした。 特に、色と形容詞の関係についての話などはとても引き込まれました。朝彦たちにとって古事記は過去の資料ではなく、今を生きている自分たちにも深く関わりのあるもののよう。24時間、寝ても覚めても古事記なのです。愛しているんです。 それがわかると、朝彦たちのようなポスドク(任期付き研究職)の厳しい現状に胸が苦しくなりました。 数年経つごとに、職につけるかどうか、研究を続けられるかどうかの瀬戸際に立たされるなんて。 研究を続けるどころか、自分の生活を成り立たせることすら難しくなるかもしれない、という瀬戸際に。 もしかしたら、社会生活に直接利益になるような研究の場合は、環境が違うのかもしれません。 ですが、この小説に登場する研究者たちの専門は「古事記」。 どれほど新たな視点や解釈をもってしても、社会に経済的利益をもたらすことはないでしょう。 そんな研究分野に潤沢な予算が割り当てられるはずもありません。 ですから、主人公の朝彦は35歳になっても親に援助してもらうことがあります。自分でも情けないと思うけれど、それでやっと研究を続けられるのが現状。 振り返れば、朝彦が大学院に進学した時、両親は喜んでくれました。そして朝彦のことを周囲に自慢していたのです。 35歳にもなって親に仕送りを頼む朝彦は、両親が今、自分のことをどう思っているだろう、と考えたりします。切ない。 そんな時に、敬愛する先輩が失踪。先輩は朝彦より10歳年上の45歳。数年前に非常勤講師の任をとかれていました。だけど古事記への熱意が冷めることはなく、師事する大学教授の好意で、研究室に居候させてもらって研究を続けていたのでした。 大学院に入りたての頃、朝彦はその先輩に憧れていました。だけど今となっては、失踪した先輩の姿が未来の自分かもしれないと思うようになっています。 好きなことを続けていけるのか、続けることが正解なのか? 辛いですね。 本の帯には こう書かれています。 夢の諦め方は、誰も教えてくれない
高校生くらいのお子さんが、ミュージシャンや画家などの芸術方面に進みたいと希望した場合、「そんなことで飯を食っていけると思うのか!」と叱り飛ばす親御さんがいます。
これまで私は「若いうちの失敗は人生の糧になるんだから好きな道に進んだら良いんだよ」 「人間はいつからでもやり直せるんだから、好きなことをやったらいい」なんて、無条件に思っていました。 でもこの小説を読んで、無責任なことは言えないなぁと反省しましたよ。 だけど、登場人物たちが古事記に関する話をする時の生き生きした言葉づかいや態度はやっぱり魅力的。人間は、好きなことをしている時にこそ輝くのだと思います。 夢を追い続けるにしても、諦めるにしても、自分で考えて考えて、考え抜いて決めたことならそれが正解だと思いたい。 そんなふうに感じる青春小説。 好きなことを「好きだから」という理由だけでできるのが青春だと解釈すれば、『青春をクビになって』という不思議なタイトルも納得できるのでした。 【パーソナリティ千波留の読書ダイアリー】 この記事とはちょっと違うことをお話ししています。 (アプリのダウンロードが必要です) 青春をクビになって
額賀澪(著) 文藝春秋 瀬川朝彦、35歳。無給のポスト・ドクターである。学生時代に魅了された古事記の研究に青春を賭してきたが、教授職など夢のまた夢。契約期間の限られた講師として大学間を渡り歩く不安定な毎日だ。古事記への愛は変わらないが、今や講師の座すら危うく、研究を続けるべきかの煩悶が続いている。そんな折、ゼミ時代の先輩が大学の貴重な史料を持ったまま行方不明になってしまうという事件が。45歳の“高齢ポスドク”となっていた先輩は、講師の職も失い、なかばホームレス状態だったという。先輩は史料を「盗んだ」のか?自らの意志で「失踪」したのか?そして、朝彦の下した将来への決断は? 出典:楽天 池田 千波留
パーソナリティ・ライター コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。 BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」 ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HP/Amazon
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