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童の神(今村翔吾)

みんな同じ人間だ

童の神
今村翔吾(著)
平安時代。京人たちは、自分たちと「異なる者」を「童」と呼んで蔑んでいた。「童」には常人とは思えない能力の持ち主が多かったせいだろうか、京人は彼らを地域や部族によって「鬼」「土蜘蛛」「百足」など、恐ろしい名前をつけ、武力で平定しようとしていた。

京人のいう「童」として生まれた桜暁丸は顔立ちや髪の色などが周囲の人とは異なる。それが原因で恐れられたり蔑まれたりもしてきたが、体も大きく力も強く成長した。そして「童」たちの頭となり、やがて京人からは「酒呑童子」と呼ばれるようになる。

自分たちからいろいろなものを奪っていった京人を恨み、復讐を誓った桜暁丸だったが、敵味方いろいろな人と出会ううちに、徐々に考えが変わっていくのだった……。
(今村翔吾さん『童の神』を私なりにご紹介しました)
桜暁丸の容貌の描写を読むと、もしかしたら桜暁丸はハーフだったのではないかと思われます。鼻は高いし髪の毛の色も違うし……。平安時代に彫りの深い顔立ち、しかも身長もぐんぐん伸びる桜暁丸はいろいろな人から差別を受けて育ちます。そのたびに桜暁丸は思うのです。外見は違うかもしれないけれど、自分も周囲の人と同じ人間なのに、と。そのせいもあるのでしょうか、成長するに従って、京人たちに対しても同じことを考えるようになるのです。「同じ人間なのになぜ武力で虐げるのか」と。

この小説の最も大きなテーマはまさにそれ。立場や外見、さまざまな違いはあっても、一人一人優劣などない、みんな人間であることに変わりはない、ということです。 これは今に通じることだと思います。

だけど、なぜ人が人を蔑んだり、虐げたりするのか。

人のうえに立つようになって、桜暁丸は理解するようになります。それは「自分より下」の存在がいれば不満の捌け口になるから。人を束ねていく際、上に立つ者に不満の矛先が向かわないようにするために、”自分たちより下”の人間を作り上げた、そしてそれが「童」だったのかも。これも今に通じる真実と言えるでしょう。

最初は京人に対する復讐心・敵対心を抱いていた桜暁丸。でも、いろいろな人に出会ううちに、それでは何も解決しないと思うようになります。「京人が襲ってくるのだから、こちらもやられる前にやる」という考え方から「人を差別し虐げたら、京人と同じになってしまう」に変わっていくのです。そしてなんとか戦わずに済む方法がないのか、敬い合わないまでも、互いを尊重する生き方がないものかと模索するのです。
桜暁丸の考え方は100年どころか、1000年ほど早すぎたのかもしれません。

この小説は史実とフィクションが混在しています。
伝説ではないかと思われる人物もいれば、実在の人物も登場します。酒呑童子に安倍晴明、坂田金時…それぞれ、歴史や古典の授業、あるいは小説などで聞いたことがある人ばかり。さながら平安時代のオールスター共演といった感じ。そのスターたちが戦う場面は、映画のワンシーンのよう。武器の種類や動きなどが多彩で華やか。映像化したらさぞや見応え十分な殺陣シーンになるだろうと思います。

私がこの小説の中で最も好きな登場人物は実在の人物である渡辺綱。
腕も立つし、正義感もあってカッコいい!!
やはり「鬼」が主役の、宝塚歌劇『大江山花伝』(原作:木原敏江さん)だと、杜けあきさん、一路真輝さん、北翔海莉さんが渡辺綱を演じております。トップさんより二番手三番手に目が行く私だから、この小説でも主人公 桜暁丸より綱に惹かれるのかも。

「みな同じ人間」「人はただ生きているだけでも美しい」をテーマにした『童の神』では残念ながら和解や平和は実現しません。最後のページを読み終えた時、桜暁丸に対して、よくやり切ったという思いと、報われない寂しさを感じました。
ただ、この小説は単独ではないのですって。あとがきによると、今村さんはこの小説を三部作と位置付けておられまして、すでにタイトルも決まっているんですって。『皇の国』と『暁の風』。超ご多忙のため、ご本人は後書きで「あと数年、時間を頂きたい」とおっしゃっています。
たくさんある今村翔吾さんの作品を、私はまだそんなに読めていません。
一冊一冊読破しながら、『皇の国』『暁の風』の完成を楽しみにお待ちしています。

最後にこの小説のタイトルにも使われている「童」という字について。
「今村翔吾の翔語録」でもおっしゃっていましたが、この小説は「童」という一字からスタートしたそうです。

今と同じ「子ども」を表す他に、「奴隷」という意味で使われていたこと、字の成り立ちは奴隷として目の上に刺青を施された様子であることを知った時に、この物語が一気に浮かんできたのだとか。たった1文字からこんな小説を思いつくなんて。つくづく作家さんってすごいなと思いましたわ。
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【パーソナリティ千波留の読書ダイアリー】
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童の神
今村翔吾(著)
角川春樹事務所
「世を、人の心を変えるのだ」「人をあきらめない。それが我々の戦いだ」-平安時代「童」と呼ばれる者たちがいた。彼らは鬼、土蜘蛛…などの恐ろしげな名で呼ばれ、京人から蔑まれていた。一方、安倍晴明が空前絶後の凶事と断じた日食の最中に、越後で生まれた桜暁丸は、父と故郷を奪った京人に復讐を誓っていた。そして遂に桜暁丸は、童たちと共に朝廷軍に決死の戦いを挑むがー。差別なき世を熱望し、散っていった者たちへの、祈りの詩。第一〇回角川春樹小説賞(北方謙三、今野敏、角川春樹選考委員大激賞)受賞作にして、第一六〇回直木賞候補作。 出典:楽天
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
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『読書ダイアリー』

ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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