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ヴァレンヌ逃亡(中野京子)

運命の24時間に何があったのか

ヴァレンヌ逃亡
中野京子(著)
フランス革命を背景にしたミュージカル『1789 バスティーユの恋人たち』を見たばかりだったので、フェルゼンが企画したフランス国王一家逃亡の顛末を詳しく読みたくなったのです。

中野京子さんは早稲田大学の講師でいらっしゃり、最近では『怖い絵』が有名です。『ヴァレンヌ逃亡』は小説ではなく歴史書。資料に基づいて、あえて淡々と書いておられます。

それなのに、サスペンス小説であるかのように、一気読みしてしまいました。

宝塚歌劇ファンはある部分に突出してフランス革命に詳しいです。詳しくなくても、興味は一般の人の倍以上ある。

その理由は池田理代子さんの劇画を原作として、空前のヒットを飛ばした『ベルサイユのばら』。時代が平成になっても再演を重ねております。

原作連載開始当時は、世界史を少女漫画にしてもヒットするわけがないと言われていたそうですが、男装の麗人オスカルとアンドレの身分違いの恋、史実であるとされる王妃とスウェーデン貴族フェルゼンとの恋愛、貴族と平民の対比、革命に巻き込まれていく人々を克明に描くことで、少女から大人まで、多くの人を魅了しました。

最後の方は、池田理代子さんは何かに取り憑かれているのではと、そんな気がするほど、張り詰め充実した作品だったともいます。

前置きが長くなりましたが、その原作を何度も読み、宝塚歌劇での『ベルサイユのばら』を何度も観たからこそ、『ヴァレンヌ逃亡』を一気読みできたのではないかと思うのです。

そこまでの流れや、登場人物のほとんどを「よく知って」いるから。

フランス革命と聞いてすぐに思い浮かぶのは、1789年7月のバスティーユ陥落。オスカルが「フランス万歳」と事切れるシーンです。

しかし革命は一日にして達成されたわけではなく、ルイ16世と王妃マリー・アントワネットは、その後もまだヴェルサイユ宮殿で生活していましたし、王政も廃止されてはいません。

しかしその秋、食糧難にあえぐパリの下町の女たちが、「パンをよこせ」とヴェルサイユ宮殿に押しかけていきます。

実はその中には女装した反王党派の男性が多数まぎれていて、女性たちを煽り、先導していたそうです。

革命派の思惑通り、これがきっかけで国王一家はパリ中心部にあるかつての王宮、チュイルリー宮殿へと移送され、半ば軟禁生活を送ることになります。

そこでの生活は約2年。革命派は民衆を煽り、不穏な状態が続きます。その間、王と王妃を見捨て、国外に亡命する貴族も。

そんな時に、マリー・アントワネットの恋人であるフェルゼンが計画した国王一家脱出「ヴァレンヌ逃亡」。

囚われの王を逃すには、相当な覚悟が必要です。失敗は死につながります。そして綿密な計画、人や物の手配、そしてなによりお金が必要でした。

なんと現在の金額にして120億円!

そのほとんどをフェルゼン一人で用立てたというのだから驚きです。フェルゼンはまさに、自分の全てをこの計画にかけたのです。

もちろん後世の歴史を知っている私たちは、「ヴァレンヌ計画」が失敗に終わったことは知っています。

運命の24時間に何があったのか。

池田理代子さんの『ベルサイユのばら』では40ページしか費やされておらず、知らなかったことがいっぱいありました。

まずは、計画の実行日が二転三転、変更されたこと。

「計画延期」を何度も経験した関係者が、本番でちょっとした行き違いがあった時、「もしかしたら又延期したのかも」と思ったのも無理はないことでしょう。

当時、メールやLINEが、いやせめて電話があればねぇ。

そしてその変更の理由がルイ16世の優柔不断にあったことも知らなかったことの一つです。

こんな人が旦那さんだったら、私なら苛立つだろうなと、マリー・アントワネットに同情してしまいましたよ。

それでも、マリー・アントワネットに「千の命を捧げたい」と言ったフェルゼンがついている間は良かったんです。

逃亡の途中で、全てを取り仕切っていたフェルゼンを、ルイ16世は切り捨ててしまうんです。

油断だったのか、嫉妬なのか、そもそもは異国の人であるフェルゼンを思いやってのことか……。

頼りの綱のフェルゼンと切り離され、マリー・アントワネットはどれほど心細かったことか。

案の定、かじ取り役だったフェルゼンを欠いてから、計画はずるずると破綻していき、最後は囚われてしまうことに。

しかし、マリー・アントワネットは本当に誇り高い人です。

前途に希望がなくなったと知った時、そこで取り乱し、王を批判したりしません。むしろ、その状態で家臣や平民が王を軽蔑することを許さないのです。

逃亡を見破られたヴァレンヌの地。

パリへ移送されるまでの準備時間をかいくぐって、なんとか国王一家を逃がそうと提言する家臣に対し、どうしても決断できないルイ16世。

一刻を争うときなのに、うじうじと「出来ない理由」ばかり述べ立てる。

そこで、アントワネットが家臣に対してかけた言葉に私は泣きました。

自分だって心底落胆しているのに、すっと背筋を伸ばして、王をかばい、家臣をねぎらう発言の気高いこと。

これには家臣たちも心底驚き、アントワネットに対する態度が変わったそうです。

それまで、マリー・アントワネットといえば、「浪費家で王の鼻面を振り回す敵国から来た女」というイメージが植えつけられていたのに、気高く王をかばう一面を見たのですから。

そもそも、マリー・アントワネットのイメージは、革命派が必要以上に誇張して市民に広めた面もあるのだそう。

長年君臨してきたブルボン王朝にたいする国民の畏敬の念はちょっとやそっとでは覆せない。だけど、オーストリアから来た王妃にならなんとでも言えるというわけ。

悲しいことに、マリー・アントワネットはある時期から自分自身がスケープゴートであることを受け入れていたようです。それが王を守り、ゆくゆくは王太子を守ることになると。

もちろん輿入れしてきた時には、ふわふわとした遊びが好きな王女だったのでしょうが、最後は覚悟と自覚を持った女性に変化していたようです。

「不幸になって初めて、自分が何者かがわかるのです」というアントワネットの手紙の言葉に全てが凝縮されていると思います。

また、そのことをルイ16世もわかっていたのでしょう。遺書には自分の妻になったばかりに被ったことについて謝罪の言葉を残しています。

この逃亡で同じ馬車に乗っていたのは、ルイ16世、王妃マリー・アントワネット、王妹エリザベト、王子ルイ・シャルル、王女マリー・テレーズ、養育係のトゥルゼル侯爵夫人の6人ですが、生き延びたのはマリー・テレーズとトゥルゼル侯爵夫人のみ。(厳密にはルイ・シャルルも断頭台では死んでいないですが)

それにしてもフェルゼンは、単なる見目麗しいイケメンではなかったのですね。優れた軍人だったので、流れを読む判断力と、一瞬を争う時の決断力があった。

この逃亡劇に最後までフェルゼンが付き添っていたら、あるいは全員生きていられたのかもしれません。

ルイ16世に決別を言い渡された時、フェルゼンは一行の無事を祈り、三つのことを言い残します。

・ラファイエット侯爵を甘くみてはいけない。(パリからすぐに追っ手を差し向けるだろう)
・くれぐれも馬を急がせること
・むやみに馬車から降りないこと

フェルゼンがいなくなった後、指揮をとったルイ16世は、どれ一つ守りませんでした。

結末を知っている私などは「のびりしてちゃダメ!!!」と気が気ではありませんでしたよ。

しかし、中野京子さんもおっしゃっているのですが、もし国王一家の亡命が成功していたら、マリー・アントワネットが歴史に名を残すことはなかったでしょう。

皮肉な話です。
ヴァレンヌ逃亡
中野京子(著)
文藝春秋
フランス革命の転換点となった有名な逃亡事件はなぜ失敗したか。愛のため命がけで計画を練ったフェルゼン、狂おしいほどに優柔不断なルイ16世、「贅沢と傲慢」の女王アントワネットの真実。嫉妬、楽観、逡巡。濃密な人間ドラマと追いつ追われつ迫真の攻防戦24時間の再現は、息も継げない第一級の面白さ!中野京子の傑作エンタテインメント。 出典:楽天
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

パーソナリティ千波留の
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ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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