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すみれの花、また咲く頃(早花まこ)

タカラジェンヌのセカンドキャリア

すみれの花、また咲く頃
タカラジェンヌのセカンドキャリア
早花まこ(著)
宝塚歌劇団を卒業された後、本を出版されるタカラジェンヌはこれまで何人もおられました。

その内容は主にご自身のこと。タカラジェンヌを目指した理由や受験までの努力、音楽学校時代の思い出や宝塚歌劇団での経験など「中の人」にしかわからないお話が描かれていて、とても興味深いです。

でも、元雪組の娘役さんだった早花まこさんがこのたび出版された『すみれの花、また咲く頃』は元タカラジェンヌの著作としては、これまで読んだことがない内容でした。サブタイトルに「タカラジェンヌのセカンドキャリア」とあるように、タカラジェンヌの再就職にスポットを当て、早花さんが9人の元タカラジェンヌを取材して記したノンフィクションだったのです。

ところで、あなたは転職したことがありますか?

私は何度かあります。

大学卒業後、コンピュータ関連の仕事に就き、システムエンジニアリング部に配属されました。実のところ、SEの業務内容を全く理解せずに就職したため、同期の中でもダントツにできの悪い社員でした。 しかし人生何が幸いするかわかりません。できの悪さが際立っていたため、二年目には新人研修の講師の一人に抜擢されたのです。「わからない人の気持ちがわかるのは君だけだ!」と。そしてこの新人研修講師の経験が、コンピュータ専門学校の講師としての出向に繋がるのでした。ここまでは社内異動です。

結婚後、数年して退職。パート社員として事務職に転職しましたが、ITに強いことは事務の仕事にも有利に働きました。

ところが、30歳を過ぎてから志した声のお仕事。これには前職のスキルは全くアドバンテージにはなりませんでした。ゼロからの出発です。

さて、私が愛してやまない宝塚歌劇団の生徒の皆さんが夢の花園を巣立った後はどうでしょうか。ほとんどの業種では元タカラジェンヌであることが直接役立つことは少ないような気がします。歌、ダンス、お芝居の能力が活かせるお仕事は限られていますから。とはいえ、人としての基礎部分、気力体力根性、努力を惜しまないことなどは元タカラジェンヌは飛び抜けているのではないかしら。

今は、退団された方達がSNSで発信してくださることが多いので、現在のお姿や活躍される様子を拝見する機会はあります。でも、元タカラジェンヌがどのような過程を経て今に至るのか、その部分はなかなか知る機会がありません。

早花まこさんの『すみれの花、また咲く頃』はまさにその部分を丁寧に取材、紹介するものでした。

この本に収められている9人のお名前を紹介しましょう。
(敬称略、掲載順 []内は現在の職業)
●早霧せいな [俳優]
●仙名彩世  [俳優]
●香綾しずる [会社員]
●鳳真由   [大学生]
●風馬翔   [振付師]
●美城れん  [ハワイ島へ移住]
●中原由貴(煌月爽矢)[俳優 モデル]
●夢乃聖夏  [3児の母]
●咲妃みゆ  [俳優]
(早花まこさん『すみれの花、また咲く頃』(新潮社)目次より引用)
私の大好きな人ばかりで、嬉しい限り。

しかも、読んだ感じが雑誌などのインタビュー記事とは全く違います。それは読者との距離感。

通常のインタビュー記事だと、インタビュアーに対して答える元タカラジェンヌもどこか構えているものです。嘘は仰っていないのだろうけれど、どこか表面的というか、「お仕事」の域を出ず、教科書通りの答えに感じられる記事が多い。

ところが早花まこさんはインタビュアーである以前に、宝塚で楽しいことも苦しいことも共に経験した仲間でいらっしゃる。だからでしょう、9人それぞれが心を開いて本音で語っているのが伝わってくるのです。早花さんの言葉選びもあって、読者との距離を縮めていると感じました。

お一人お一人のエピソードは直接読んでいただくとして、私がこの本を読んで最も印象に残ったのは、客席から見ていると夢の世界である「舞台」は、実はとんでもなく怖い場所なのだということ。

美城れんさんは『ロミオとジュリエット』の乳母役の時、ジュリエットの幸せを願う歌を舞台上にたった一人スポットを浴びて歌うシーンで「無理!」と思ったそうです。
一人で立つ大劇場の舞台は、これまで彼女が体験したことがないほど圧倒的に大きかった。「それは、想像を絶する感覚」で、この広大な空間を毎日単独で埋めているトップスターさんたちを改めて尊敬したという。
(早花まこさん『すみれの花、また咲く頃』 P146「美城れん」より引用)
また、夢乃聖夏さんは『ベルサイユのばら』の新人公演でアンドレを演じた時、舞台に負けたと感じたそう。
「舞台に負けた。お客様に呑まれてしまった……そう思ったよね」
研5の時、「ベルサイユのばら」の新人公演で、メインキャストのアンドレ役に抜擢された。台詞や少し目立つ役は経験していたが、普段はほとんど、ダンスでは群舞の一員、お芝居も大勢で演じていた彼女にとって、大劇場にたった1人で立つなど初めての経験。見せ場のソロナンバー「白ばらのひと」で、銀橋に登場した時だった。目が眩むほど明るいスポットライトと、客席からの盛大な拍手が浴びせられ、一瞬、立ちすくんでしまった。
(早花まこさん『すみれの花、また咲く頃』 P188「夢乃聖夏」より引用)
元花組トップスター髙汐巴さんも トップスターになって初めて一人で大劇場の舞台に立った時、あまりの広大さに自分が小さく感じられたとご著書『吾輩はぺいである』に書いておられました。まるで宇宙空間に一人放り出されたかのよう、東京ドームの真ん中にいる蟻のような気持ちだったと。

また、早花さんは「おわりに」でこう書いておられます。
昔、「良い舞台人になるためには、己の内面を磨くしかない」と言われたことがある。舞台化粧をしてにこやかに、練習通りに台詞を喋っても、観客の前に立てばその人本来の姿が曝け出されてしまうからだ。なんて恐ろしい、そして終わりのない仕事だろう。
(早花まこさん『すみれの花、また咲く頃』 P250「おわりに」より引用)
私は2012年2014年に、元月組トップ娘役 麻乃佳世さんにインタビューさせていただいたことがありますが、麻乃さんも同じことを仰っていました。

「メイクをして、役がらを演じて舞台に立っているはずなのに、どうしてだか普段の行いが全て出てしまうものなの。舞台って恐ろしい場所なのよ」と。

客席から拝見していると、明るく楽しく煌びやかに見える舞台は、本当は怖い場所だったのですね。そこに毎日笑顔で立ち続けるタカラジェンヌは、あらゆる意味で磨かれるのだと思います。

この本に登場する9人のタカラジェンヌがいかに磨かれ、セカンドキャリアに臨んでいるか、ぜひ読んでみてください。

宝塚ファンはもちろんですが、宝塚歌劇を全くご存じない方にも読み応えがある一冊です。

特に、元気をなくしておられる方、進む道に悩んでおられる方はきっと元気をもらえることでしょう。
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【パーソナリティ千波留の読書ダイアリー】
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すみれの花、また咲く頃
タカラジェンヌのセカンドキャリア
早花まこ(著)
新潮社
トップスターから専科生まで、9名の現役当時の喜びと葛藤を、同じ時代に切磋琢磨した著者だからこそ聞き出せた裏話とともに描き出す。卒業後の彼女たちの新たな挑戦にも迫り、大反響を呼んだインタビュー連載、待望の書籍化! 出典:楽天
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

パーソナリティ千波留の
『読書ダイアリー』

ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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