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キッチンからカーネギー・ホールへ(マリア・ノリエガ・ラクウォル)

勇気づけられ、心躍る一冊

キッチンからカーネギー・ホールへ
~エセル・スタークとモントリオール女性交響楽団~
マリア・ノリエガ・ラクウォル (著), 藤村 奈緒美 (訳)
オーケストラが女人禁制の「男性限定クラブ」だった20世紀前半。女性が音楽をたしなみとして習うことは奨励されていたものの、人前で演奏するのは内輪の集まりだけで、職業にするなどとんでもないことでした。

そんな時代に、少し楽譜が読めるだけでもOKといった条件で集まってきた女性だけのオーケストラがカナダのモントリオールで結成されました。彼女たちは結成からわずか4ヶ月で5千人を集めるデビューコンサートを成功させ、7年目には、北米で最高峰の舞台、ニューヨークのカーネギー・ホールに立ったのです。本書は、そのモントリオール女性交響楽団の物語です。

モントリオール女性交響楽団は、卓越した音楽家であるエセル・スタークが中心となって結成されました。エセルは、1928年、17歳のとき、ヴァイオリンの才能を認められ、カーティス音楽院に入学します。彼女は演奏の腕を上げると同時に、指揮を学ぶことにも意欲を見せます。当時、指揮は男性の仕事とされ、女性は講義を受けることすら許されませんでした。しかしエセルは門前払いを喰ってもめげずに教室に通い、指導教員に受講を認めさせます。

エセルは優れたソリストとなって音楽院を卒業しますが、時は世界恐慌のまっただなか。大勢の音楽家が職に困っていた時代です。幸いニューヨークの女性楽団に入り、安定した収入を得ましたが、女性演奏家を目新しい見世物として売る団の方針に納得できず退団します。そして友人と女性室内管弦楽団を創設し、演奏家として、かつ指揮者として活躍します。

1940年、ラジオでエセルの演奏を聴いたカナダの女性マッジ・ボウエンは、エセルに女性楽団創設を持ちかけます。エセルは指揮も運営も女性が行うフル編成のオーケストラを創設するならモントリオールに留まって力を振るうと答えました。それはマッジの想定をはるかに超えるものでしたが、二人は意気投合し、タッグを組むことにしたのでした。

当時は、女性が演奏する楽器は、ピアノ、ハープ、ヴァイオリンくらいで、大型の弦楽器や管楽器はそぐわないとされていました。足を広げて弾くのははしたない、管楽器を吹くと顔がゆがむからという理由です。そのため団員確保は困難かと思われました。ところがモントリオール中から熱意ある女性たちが、何の楽器でもよいから学びたい、演奏したいと連絡をしてきました。彼女らの多くは楽器も持たなかったので、エセルとマッジは知人友人のつてをたどって楽器の調達に奔走しました。そうして、たった10日間ほどで、40人の団員と楽器を揃えたのです。

練習場所にも苦労しました。楽器ごとの練習はメンバーの自宅の台所や居間や寝室に分散して行われました。それでは合同練習ができないので、店舗の地下室やマッジの夫の会社の食堂を借りて、楽団は週3,4回もの練習を重ねます。女性たちはみな一日中、仕事や家事育児をこなしたうえで練習に参加したのです。

練習場所の問題が解決するやいなや、エセルはデビューコンサートの開催を宣言します。実力的にも会場確保の点でも早すぎるという声も出ましたが、エセルの意志は確固としていました。資金や会場、宣伝、集客と難題は山積でしたが、創意と熱意で実現を果たします。当日は5千人もが来場し、2千人に帰ってもらうという大盛況。演奏も絶賛され、大成功を収めました。

このコンサートを聴きに来ていた黒人の少女ヴァイオレット・ルイーズは、演奏にすっかり魅入られて、努力を重ねて音楽学校に入ります。やがて彼女は楽団のオーディションを受け、カナダの黒人女性として初めて正規のオーケストラ団員になりました。

楽団の評価は高まり、1947年にはカーネギー・ホールでの演奏も大成功します。女性の楽団というだけでなく、音楽そのものが評価されたのです。でも資金繰りは常に悩みの種でした。給料や年金を払うまでには至らず、団員は仕事と掛け持ちで活動しました。そのうち創設者のマッジも亡くなり、楽団で力をつけたメンバーが給料の出るオーケストラに移籍するといったことが相次ぎました。

モントリオール女性交響楽団は資金と人員不足で1965年に活動を停止しましたが、大きな歴史的役割を果たしたといってよいと思います。楽団は、肌の色、階級、信条にかかわらず、女性たちに演奏活動の機会を提供し、数々の優れた音楽家を育て、音楽の世界における女性の活躍の場を拡げたのです。

才能とカリスマ性を備えた強いリーダー(エセル)と、黒子として運営に尽力したマッジやエセルの姉の貢献、女性たちのシスターフッド(連帯)に勇気づけられ、心躍る一冊です。新しいことに挑戦したい春にぴったりな本ですよ。
キッチンからカーネギー・ホールへ
~エセル・スタークとモントリオール女性交響楽団~
マリア・ノリエガ・ラクウォル (著), 藤村 奈緒美 (訳)
ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス (2022)
オーケストラが女性演奏家への門戸を閉ざしていた1940年代、カナダ。自ら指揮棒を持ち、女性たちだけでオーケストラを立ち上げた人物がいた。彼女の名はエセル・スターク。スタークによって結成されたモントリオール女性交響楽団は、何を成し遂げたのか。 出典:amazon
profile
橋本 信子
大阪経済大学経営学部准教授

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。専門は政治学、ロシア東欧地域研究。2003年から初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発にも従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら

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