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戦争とバスタオル(安田 浩一/金井 真紀)

お風呂から地域の歴史を紐解く旅

戦争とバスタオル
安田 浩一/金井 真紀
やわらかいタッチのイラストと不思議な取り合わせのタイトル。本書は、ノンフィクションライターの安田浩一さんと、文筆家・イラストレーターの金井真紀さんによる、お風呂から戦争を考える紀行本です。

2人は銭湯友達です。ときどき待ち合わせて銭湯に行き、お風呂上りにビールを飲みながら、社会問題について熱く語っているあいだに、世界のいろんなお風呂をめぐって、湯けむりの先にある歴史の真実を紐解く本を一緒に作ろうという企画が立ち上がりました。

はじめに訪れたのは、タイのヒンダット温泉です。これはミャンマー国境近くのジャングルにある天然温泉で、2人は日本軍が建設した泰緬鉄道に乗って向かいました。この泰緬鉄道の敷設には、連合国軍の捕虜やアジア各国から徴用された労働者が駆り出され、無茶な突貫工事で多くの犠牲者が出ました。映画「戦場にかける橋」の舞台にもなったクウェー川鉄橋や戦争博物館、連合国軍共同墓地を訪ねた2人は亡くなった人たちに思いをはせます。

ヒンダット温泉の露天風呂も日本軍が整備したものだそうです。着衣で入る露天風呂では、車椅子でやってきた老婦人も、ドイツへ行くことを夢見る青年も、仏教徒もイスラム教徒も、ぬるめのお湯にまったりとつかっていました。

沖縄では、県内に唯一残る銭湯「中乃湯」を訪ねます。1960年から営業を続けてきた中乃湯に2日続けて通った2人は、お湯につかりながら初対面のお客さんと会話し、あるいは基地問題をめぐって討論し、また経営者のシゲさんからは沖縄の戦後を懸命に生きた日々について話を聞くことができました。

さらに、お客さんの一人からは自宅に招いてもらって昔の話を聞くことができました。米軍が上陸したとき10歳だったその男性は、特攻隊が米軍艦隊に体当たりするさまを目撃したそうです。米軍の収容所の夜の静寂のなか、どこからか聞こえてくる三線の音や歌に聴き入った少年は、大人になってから本格的に三線を習い、琉球音楽に携わりつづけます。

韓国では、日本領事館職員や韓国在住日本人女性の会などに関わってこられた韓国人男性の劇的な人生、その男性が連れて行ってくれた日本語の歌だけを楽しむカラオケ大会での人々との会話、あるいはお風呂では日本へのわだかまりを率直に口にする女性との会話など、日韓の愛憎もつれあう関係が描かれます。

お風呂をめぐる旅は、終盤、神奈川県寒川町にかつてあった銭湯を訪ねるところから、秘されていた毒ガス製造の歴史を追う旅へと変容していきます。

寒川町の銭湯は、戦後に急増された引揚者住宅の住民たちが請願してつくられました。今はその銭湯も引揚者住宅も建て替えられて当時の面影は残っていません。2人は当時を知る人を探しあて、戦中戦後の様子を聞きます。そのなかで、この地域にかつてあった海軍工廠(工場)で毒ガスを製造していたという話が出てきました。

そこで2人は、もう一つの毒ガス工場があった広島県の大久野島を訪ねます。こちらは島全体が陸軍の工廠でした。当時すでに国際条約(1925年のジュネーヴ議定書)によって毒ガスや細菌などの化学兵器は使用を禁止されていましたが、日本はこれを批准せず、寒川と大久野島の二か所で極秘に毒ガスを製造していました。

日本軍は中国で毒ガス兵器を使用し、多くの犠牲者を出しました。2000年代に入ってからも、中国に残された毒物が地中から露出して被害を出しているといいます。しかし被害者に対する救済措置は実施されていません。(ちなみに日本は、1995年に化学兵器禁止条約を批准し、同条約にもとづき中国における遺棄化学兵器の廃棄を行い、2000年より発掘・回収事業を実施しています。)

毒ガス兵器は、製造工場でも工員の健康を蝕み、死傷者を出しました。大久野島の工場は戦後閉鎖され、毒物は地中や海中に廃棄され、記録も処分されました。埋められたままの毒物が地下水を汚染している恐れがあるので、現在大久野島の水は本土から運んでいます。戦後、大久野島は国民休暇村として整備され、野生うさぎと戯れることのできる島として人気ですが、いまも毒ガス工場の歴史とは無関係ではないのでした。

お風呂から地域の歴史を紐解く旅は、こうして日本と戦争の関わりを見つめる旅になりました。文字通り裸一貫だったからこそ出会った人たちから引き出すことのできた話も、もっと深く知りたいと探究していく過程で見出された歴史も、決して軽くはないものでした。それでも金井真紀さんのあたたかみのあるイラストからは取材相手への敬意と感謝が伝わり、暗く重いテーマを中和させてくれます。2人の著者の戸惑いや飲み込んだ言葉も率直に記され、取材旅行に同行しているような読書体験でした。

私も「負の遺産」や記憶と継承といったテーマに関心をもち、各地を訪ねています。大久野島にも以前から行きたいと思っていましたが、本書を読んで、すぐ行く!と決意しました。
戦争とバスタオル
安田 浩一 (著), 金井 真紀 (著, イラスト)
亜紀書房 (2021年)
タイ、沖縄、韓国、寒川(神奈川)、大久野島(広島)―― あの戦争で「加害」と「被害」の交差点となった温泉や銭湯を各地に訪ねた二人旅。 ジャングルのせせらぎ露天風呂にお寺の寸胴風呂、沖縄最後の銭湯にチムジルバンや無人島の大浴場……。至福の時間が流れる癒しのむこう側には、しかし、かつて日本が遺した戦争の爪痕と多くの人が苦しんだ過酷な歴史が横たわっていた。 出典:amazon
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橋本 信子
大阪経済大学経営学部准教授

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。専門は政治学、ロシア東欧地域研究。2003年から初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発にも従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら

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