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文盲(アゴタ・クリストフ)

読み終えるのが惜しく感じる珠玉の一冊

文盲
アゴタ クリストフ (著), 堀 茂樹 (翻訳)
大きな活字で、一文も短く、あっという間に読めてしまう本です。そして読み終えるのが惜しく感じる珠玉の一冊です。本書は、映画化もされた世界的ベストセラー『悪童日記』3部作の作者アゴタ・クリストフの自伝的短文集です。

クリストフは、ハンガリー出身の女性作家です。1956年のハンガリー動乱のさなか、まだ生後4ヶ月の赤ん坊を抱いて夫とともに西側に亡命し、スイスのフランス語圏の村に落ち着きました。ハンガリー動乱では、体制を批判するハンガリーの民衆が自国からのソ連軍撤退を求めてデモを行いましたが、ソ連軍の介入によって多くの人びとが亡くなりました。

亡命先では故国にいた頃よりも物質面で多少の余裕は出来たようですが、ハンガリー語が通じない土地で、日中はひたすら工場で働き、家に帰れば家事育児に従事するばかりの日々でした。4歳の頃から「手当たりしだい、目にとまるものは何でも」読んできた彼女にとって、沈黙と空虚に占められた社会的砂漠、文化的砂漠であったと振り返っています。読んだり書いたりすることのない、「文盲」の日々。本書のタイトルはそこに由来します。

クリストフは、長女が学校に通うようになると、自分も26歳にして「読み方を学ぶために」大学の夏期フランス語講座に通います。そして2年後には、優秀評価付きのフランス語修了証書を取得しました。

「ふたたび読むことができるようになった」クリストフは、フランス語で戯曲や小説を発表し、ついには世界的作家として認められるまでに至ります。しかし、作家として成功を収めてからも、「自分が永久に、フランス語を母語とする作家が書くようにはフランス語を書くようにならないことを承知」しています。だからこそ、彼女は「自分にできる最高をめざして書いていく」ひとりの「文盲者」として挑戦し続けるのだと宣言します。
”人はどのように作家になるかという問いに、わたしはこう答える。自分の書いているものへの信念をけっして失うことなく、辛抱強く、執拗に書き続けることによってであると。”
クリストフの次の言葉は、子どもにていねいに言葉を教える母としての姿勢を越えて、祖国や親兄弟、母語を捨てざるをえなかったひとりの人間が、新しいアイデンティティを獲得しようとする決意の表れなのです。
”子どもたちからある単語の意味を、あるいはその綴りを問われるとき、わたしはけっして言うまい。/「知らない」と。/わたしは言うだろう。/「調べてみるわ」”
大人になってから習得した言語だからこその簡潔で明瞭な文体は、クリストフの書くことへの信念や執念をストレートにきっぱりと伝えます。彼女は体験の詳細や思いをくどくどと書き連ねはしませんが、それがかえって読者の胸に迫ってくるのです。

もっともっとこの人の文章を読みたいと思わせられる作家です。
数作を残して他界されたのが残念です。
文盲
アゴタ クリストフ (著), 堀 茂樹 (翻訳)
白水社 (2014)
世界的ベストセラー『悪童日記』の著者が初めて語る、壮絶なる半生。祖国ハンガリーを逃れ難民となり、母語ではない「敵語」で書くことを強いられた、亡命作家の苦悩と葛藤を描く。傑作を生み出した、もうひとつの衝撃的な物語。 出典:amazon
profile
橋本 信子
同志社大学嘱託講師/関西大学非常勤講師

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。同志社大学嘱託講師、関西大学非常勤講師。政治学、ロシア東欧地域研究等を担当。2011~18年度は、大阪商業大学、流通科学大学において、初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発に従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら

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