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赤と青とエスキース(青山美智子)

サラサラ読めるのに意外と内容が深い

赤と青とエスキース
青山 美智子(著)
私がパーソナリティを担当している大阪府箕面市のコミュニティFMみのおエフエムの「デイライトタッキー」。その中の「図書館だより」では、箕面市立図書館の司書さんが選んだ本をご紹介しています。

今回ご紹介するのは、青山美智子さん『赤と青とエスキース』。

人気小説がドラマや映画化されるケースはよくありますが、青山美智子さんの『赤と青とエスキース』は映像化が難しい小説だと感じました。

というのは『赤と青とエスキース』は、小説ならではの利点を大いに活かした作品だからです。

小説を読むとき、読者はそれぞれ頭の中で登場人物や光景を思い描いています。それは極論すれば読者の「思い込み」とも言えるわけで、小説の終盤、自分がそれまで思い描いていたことが覆され「え?!そういうことだったの?!」と嬉しい驚きを感じる、『赤と青とエスキース』はそういう小説なのです。

もしこれが映像化されたら、登場人物や物語世界が可視化され、「思い込み」や「誤解」の余地がなくなるわけで魅力が半減されてしまうのではないかしら。

『赤と青とエスキース』。
私は意味がよくわからないながらに、とても洒落たタイトルだと思いました。

エスキースとは、美術用語で「下絵」のこと。この小説は絵画・美術が深く関わっている小説です。
オーストラリアのメルボルンに留学中の”レイ”。オーストラリアに来て1ヶ月たっても友人ができていない。

”レイ”は元々社交性に乏しかった。ただ英語が好きで、生きた英語を身につけるために留学を志した。きっと留学先で本当の自分に出会えるだろう、そんな気持ちでいたのだ。しかし現実は甘くなかった。

得意だと思っていた英語も、実際は訛りなどが聞き取れず「え?何ですか?」「もう一度言ってください」を繰り返すことが多く、自信がなくなってきている。得意だと思っていた英語ですらそれだから、現地で友人を作ることはもちろんできず、ぽつんと一人でいることが多かった。

そんなある日、アルバイト先の先輩から強引に誘われたバーベキューパーティに参加することになったレイは、「ブー」と名乗る男性と知り合い付き合うことになる。留学している間だけ、という期間限定で付き合い始めたブー。あと1ヶ月でレイの留学期間が終わるという頃、ブーが言い出した。

まだ駆け出しの絵描きである友人が、レイにモデルになって欲しいと言っている、と。絵が仕上がるまでには時間がかかるが、下絵(エスキース)だけでも描かせて欲しいのだと。その申し出になんとなく同意したレイ。こうして描き上げられたたエスキースをめぐる4つの物語……
(青山美智子さん『青と赤とエスキース』の出だしを私なりにご紹介しました)
私は、最初”レイ”に好感が持てませんでした。

煮え切らず、いつもグズグズくよくよしているくせに、環境さえ変わったら本当の自分に出会えるだろうと考えている甘い女の子に思えたから。

そんなレイが、ブーに出会い、恋愛感情が芽生えたものの、やはり一歩踏み出す勇気が持てないでいる様子も歯痒くて仕方がなかったです。

「なんなの、この煮え切らない女の子は!シャキッとしなさいよ!」

そう思っていたら、レイとブーの話は終わり、また別の短編が始まってしまいました。

第2章は、美術大学出身で、現在は額縁屋さんに勤めている青年のお話です。

自分自身が絵を描いていただけに、額縁の意義を真剣に考えている青年の元に、レイをモデルに描かれた「エスキース」がやってくるのです。青年はそのエスキースにふさわしい額縁を制作しようと努力します。

ここまで読んで私は、この小説の先を予測できた気になりました。

これは、一人の留学生と現地の男性との恋から生まれたエスキースが、いろいろな人と出会い、その人生に影響をあたえる物語なのだな、と。

その予想は的外れなものではありませんでした。

冒頭に出てきた「エスキース」はその後、天才漫画家とその師匠の物語や、50代女性と元カレの物語、それぞれの背景に登場します。

「ほら、やっぱりね」と思っていたのですが、ラスト「エピローグ」を読むと、お見通しのつもりだった物語が、ちょっと違う話だったとわかるようになっていまして「うーむ、そうだったのか!やられた!!」と、心地よい裏切りに会うのでした。

この辺りで感じた意外さが、この作品を映像化するのは難しいだろうと思う理由になっています。実際に読んでいただければ、私の言いたいことを理解していただけるのではないかと思います。

『赤と青とエスキース』は、そういった設定やストーリーの面白さ以外に、絵や美術に関する思いや、人の生き方に関する深い思いにも魅力があります。
「まあでも、誰でも玉手箱を持ってるものなんじゃない? ただ、玉手箱を開けたらあっというまに老人になるっていうのは違うと思うの。そうじゃなくて、箱を開いて過去をしみじみ懐かしんでいるときに、自分が歳をとったことを知るのよ、きっと」
(青山美智子さん『赤と青とエスキース』 P39より引用)
「もちろん思いっきり生きてるわよ。でも私はね、人生は何度でもあるって、そう思うの。どこからでも、どんなふうにでも、新しく始めることができるって。そっちの考え方の方が好き」
(青山美智子さん『赤と青とエスキース』 P197より引用)
「俺は、ちょっと危機を感じてるね。日本美術が危ないって。それは素材から言えることで、たとえば江戸時代以前の書物はまだきれいに残ってるだろ。でも、ここ百年で作られた紙は粉化しちゃってそんなにもたないんだ。せっかくの文献も絵もこなごなだよ。昔の日本には優れた技術がたくさんあったのに、口伝でしか継承されないから消えてしまったものがいくつもある。オートメーション化が進んで、後継者をじっくり育てる余地もない。産業革命の後に育ったのは弟子じゃなくてビルばっかりだ」
(青山美智子さん『赤と青とエスキース』 P92より引用)
私は美術関連に疎いのですが、知識がある方には、より一層深く読み込める小説なのではないかと思いました。

メルボルンは美術の街なのだそうですね。

オーストラリアには行ったことがないのですが、この小説を読んで、ぜひ行ってみたいと思いました。

サラサラ読めるのに、意外と内容が深い『青と赤とエスキース』を偲びながらメルボルンで過ごしてみたなぁ。
stand.fm
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赤と青とエスキース
青山 美智子(著)
PHP研究所
メルボルンの若手画家が描いた一枚の「絵画」。日本へ渡って三十数年、その絵画は「ふたり」の間に奇跡を紡いでいく。一枚の「絵画」をめぐる、五つの「愛」の物語。彼らの想いが繋がる時、驚くべき真実が現れる!仕掛けに満ちた傑作連作短篇。 出典:楽天
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