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おんなの女房(蝉谷めぐ実)

舞台好きさんにお勧めしたい

おんなの女房
蝉谷めぐ実(著)
タイトルの不思議さに思わず手に取った 蝉谷めぐ実さんの『おんなの女房』を読了しました。
時は江戸、文政の時代。
志乃は父に命じられるまま、江戸に嫁いだ。

志乃の父親は米沢藩の下級武士で、志乃を厳しくしつけてきた。まずは武道のたしなみ、そして主従関係を守ること。

実家にあっては親に、嫁げば夫に従い、子を産み家を盛り立てることこそ女子たるものの務めだと、志乃は幼い頃からそう教え込まれてきた。

そんな志乃をめとったのは江戸三座の一つ、森田座の若女形 喜多村燕弥。

燕弥は、尊敬する先輩女形を見習い、舞台を降りても「女」として過ごす。一生涯「女」を全うするのだと決めている。

志乃は夫と暮らしているという実感が湧かない。燕弥は役に大きく左右される役者で、今目の前にいるのは「お姫様」。しかも自分より美しい。女房というより、姫にお仕えしている感覚だ。

今日も「姫」に言い付けられた品物とは違うものを買ってきてしまいお叱りを受けた。

武家育ちで化粧っ気もなく、芝居など楽しみごとの一つも知らない志乃は、女性でありながら「姫」の要求がわからないのだ。

買い直しに出かけたら店主にこう言われた。

「どうして燕弥様は、あなたみたいなお人を女房にしたんでしょうねえ」

志乃はその言葉に傷ついたりはしない。それは志乃自身疑問に思うことだから。
(蝉谷めぐ実さん『おんなの女房』の出だしを私なりに紹介しました。太字部分はP26より引用)
『おんなの女房』という不思議なタイトルが納得できる設定です。

女形と言っても舞台を降りれば男性的な方もいらっしゃるのでしょうが、燕弥はそうではありません。舞台を降りても、24時間女として過ごしたいと思っています。それは性的な嗜好というより、全ては舞台のため。体験できるすべてのことを自分が演じる「女性」の養分にしたいと思っているのです。だから、結婚、ましてや子どもを作るなど考えていませんでした。なのになぜ志乃をめとったのか。それも役作りのためでした。

美しいとはいえ、燕弥は中二階の女形です。

江戸の歌舞伎小屋は実質三階建でしたが、当時は三階建は禁止されていました。そこで、三階を二階と呼び、一階と二階の間を中二階と呼んで誤魔化していたのです。その他大勢の役者が集うのは一階の大部屋、三階に楽屋があるのは主役を張るような役者、中二階は中間層の女形の楽屋と決まっていました。

今は若くて美しいからいいものの、このまま中二階の女形で居続ければ、いつかは容姿にも翳りが出て、燻っていくのは目に見えています。

そんな時、主役級の女形が急死。名のある女形の代役を立てるには時間が足りない、ということで、ずっと稽古を見てきている中二階の燕弥に白羽の矢が立ったのでした。

これを足がかりに登り詰めたいと考えた燕弥でしたが、先輩が演じていたのを真似していては実力の差があるだけにかえって見劣りがするはず。役は『鎌倉三代記』、北条時政の娘、時姫。武家の姫ならではの新たな切り口で演じれば活路が見出せるかもしれない、本物の武家の娘の所作や考え方を知りたい……そのための結婚だったというわけです。

それを知った志乃は戸惑いつつも、役作りに貢献することは父に教えこまれた女性の美徳「夫に従う」ことになると納得するのでした。

ここまで書くと、なんだか女性蔑視の嫌なお話だと思われるかもしれません。

でもご安心を。この小説には時々吹き出したくなるようなユーモラスな場面があり、嫌な気持ちにはならずに読み進めることができます。

例えば、役作りに貢献することが夫に従うことになると納得した一方で、「妻たるもの、夫に仕事に口を挟むべからず」という教えに背くのではないかと悩んだりするところが可愛い。

また、芝居に疎いままでは役に立てないということで、芝居について学び始めると、志乃には腹が立つことばかり。

なぜなら、歌舞伎の演目には、父の仇と恋仲になったり、愛しい人のために父親を裏切ったり、が往々にしてあるから。

志乃にしてみれば「女の道を外れた所業!なんという親不孝!」と思うわけです。

その辺りも、ものすごく可愛くて可笑しい。

現代人の私たちは、志乃が男性社会に都合のいいように洗脳教育されてきたとわかっています。

だからこそ、自分の信じてきた正義と違うものをよしとする世界で生きることになった志乃を蔑むよりも、応援したくなるではありませんか。

志乃を戸惑わせたのは芝居だけではありません。

役者の妻たちもまた個性豊か。モテる夫の浮気を疑い、人目も気にせず怒鳴り騒ぎ立てたりする女房がいると思えば、何事も芸の肥やし、むしろ私が手配しましょうと愛人の斡旋までしている女房も。どちらも志乃が学んできた「女性たるもの」とは違います。

さまざまなことを体験しながら、女形の女房としてあるべき姿を実現しようとする志乃。そんな志乃にうっすらと好感を持つようになる燕弥。

こういう夫婦の愛もありかもね、と思ったら、最後には予想しなかった展開がありました。

人間が、役者が生きるってそんな甘っちょろいものじゃないんですね。

悪者のように思える志乃の父も哀しい人だと思いました。

武士たるもの、と言いながら、志乃の父は下士。位の高い武士ではないのです。だからこそ逆に武士にこだわり続け、志乃を「洗脳」したのかもしれないのです。

この小説は全体が芝居の演目のようになっていて、章立ては燕弥が演じた役名です。
呼込
一、時姫
二、清姫
三、雪姫
四、八重垣姫
幕引
(蝉谷めぐ実さん『おんなの女房』目次を引用)
歌舞伎好き、日本舞踊好きな方なら「ああ、あの役ね」と舞台を思い描きながら読むことができるでしょう。

舞台にあまり興味がない方には、それぞれの役者や女房の生き方や仕事への取組み方などが読みどころではないかと。

私は読み終わって本を閉じ、改めて表紙を見てため息がこぼれました。

なんとよく考えられた表紙絵でしょうか。これも舞台(小説)の一部だと思います。

装画:千海博美さん、装丁:須田杏菜さんをご紹介して感想の結びといたします。
おんなの女房
蝉谷めぐ実(著)
KADOKAWA
ときは文政、ところは江戸。武家の娘・志乃は、歌舞伎を知らないままに役者のもとへ嫁ぐ。夫となった喜多村燕弥は、江戸三座のひとつ、森田座で評判の女形。家でも女としてふるまう、女よりも美しい燕弥を前に、志乃は尻を落ち着ける場所がわからない。私はなぜこの人に求められたのかー。芝居にすべてを注ぐ燕弥の隣で、志乃はわが身の、そして燕弥との生き方に思いをめぐらす。女房とは、女とは、己とはいったい何なのか。いびつな夫婦の、唯一無二の恋物語が幕を開ける。 出典:楽天
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

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ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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