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帆神(玉岡かおる)

魅力的な人物と出会えて嬉しかった

帆神
北前船を馳せた男・工楽松右衛門
玉岡 かおる(著)
玉岡かおるさんは兵庫県、播州地方のご出身で、今も兵庫県在住です。

なんでもオンラインでできる現代ならともかく、玉岡先生がデビューされた頃は作家さんなら東京在住が圧倒的に有利でした。

でも、玉岡先生は「だったら、私にしか書けない題材を選べばいい」と思ったのだと、以前講演会でおっしゃっていました。

その言葉の通り、今回も玉岡先生の地元である兵庫県の播州地方が生んだ工楽松右衛門が主人公です。

工楽松右衛門は江戸時代の実在の人物。1743年に生まれ、1812年になくなっていますから、あと半世紀もすれば明治という時代です。

松右衛門は播州高砂(現在の兵庫県高砂市)の漁師の長男として生まれました。松右衛門には幼名があるのですが、ここでは便宜上、ずっと「松右衛門」と呼ばせていただきます。

松右衛門は幼い頃から並外れて体が大きかったようです。ただ体が大きいだけではなく、寺子屋での勉強もできました。

その風采から、寺子屋の和尚さんが、将来人の上に立つことになるかもしれないから、学問も修めたほうが良い、と勧めてくれて、「塾」にも通っていました。

とはいえ、将来は漁師になるのだから、勉強より家業の方が大事とされ、家の手伝いのために休むことも多かったのでした。

しかし、勉強できる時間が限られていることで、 逆に集中して学ぼうという気構えができた松右衛門。

この頃から、何かを作ったり、工夫をして改良することが得意だったようです。

松右衛門の両親には心配事がありました。

それは、松右衛門が幼い時、流行り病にかかって生死の境をさまよったとき、拝みに来てくれた「おがみ屋」のおばあさんが告げたこの子は将来天下に名を知られる人になる」という予言。

身分制度のあった江戸時代においては、生まれた身分や性別、男性ならば長男かどうかによって、だいたい人生の先が見えました。

漁師の長男に生まれたならば、おそらく漁師になるのでしょう。では、どんなことがあれば、一介の漁師が天下に名を知られるのか?

松右衛門の両親が自分の息子のことを「もしかしたらとんでもない悪事を働いて天下に名を轟かせてしまうのではないか」そう思ったのも無理はないかもしれません。

その後、ある事情で、松右衛門は高砂に居られなくなります。

高砂を出た松右衛門は兵庫(今の神戸)に行き、船乗りに。

両親は、心配していたことがおこったと考えますが、実際はその反対で、高砂を出たことが松右衛門の可能性を広げることになります。

何かを作ったり改良したりすることが得意な松右衛門は下っ端の船員時代から、船の改良点を探し、工夫をします。

そして船乗りから、船持ち船頭へ…何年もかけて、松右衛門は登って行くのです。

当時の船は帆船。何枚かの布を縫い合わせて一枚の大きな帆に仕立てていましたが、縫い目のところから破れたり、つぎはぎの帆ではうまく風を掴めなかったり。

そこで松右衛門は、特別な糸を用いて、丈夫で巨大な帆布を考え出し、織り上げることに成功します。

この帆は「松右衛門帆」と名付けられ、全国に普及。糸や織り方を秘密にし、独占して儲けようという気持ちは松右衛門にはありませんでした。

みんなが使えるようにしたことで、日本の航海術が向上したのは本当に素晴らしいことです。

また、あちこちの港に船を入れる松右衛門は、港や埠頭の改良点もよくわかっていました。

やがて幕府の命により、択捉島の埠頭を建設することになります。

この功績で、幕府から「工楽」という苗字を賜るのです。

「工事を楽しむ」「工夫を楽しむ」という意味を込めたこの苗字を松右衛門のために考えた人はいいセンスをしていますね。

松右衛門は函館にドックを造ったり、新巻鮭を考案したりもしています。

とにかく、ジャンルを超えて創意工夫をした人で、おがみ屋のお婆さんが予言した通り、名を残したわけです。

そんな松右衛門の地位や仕事の紆余曲折を縦糸とすれば、松右衛門が出会う女性たちを横糸として小説『帆神』は織り上げられています。

初恋の人、弱い自分をさらけ出せる人、力を合わせて新しいものを作り上げる人…

松右衛門の前に登場する女性たちは皆、それぞれ魅力的です。そして皆、働き者。

女性の運は夫次第という時代でも、自分の働きで道を開こうとする女の人たちがいたのですね。

小説『帆神』の魅力は人物だけではありません。海と船も大きな魅力となっています。

海外列強が自国の領土を拡大するため海を渡っていたとき、日本は鎖国をしていました。

ですから、船は外洋に出ることを想定されておらず、風を利用する「帆船」だったのです。

風を読み、星を読んで船を進めていく男たちの様子はとても魅力的でした。

私はこの本を読み終わるのに1ヶ月半かかりました。普段の私にはありえないスローペースです。

その理由は、早く先を読みたいけど読み終えたくはない、という気持ち。

面白くて面白くて、早く先を読みたいのだけど、読み終えてしまったら、登場人物とさよならしなくてはいけません。

それがどうにも寂しくて、最後は惜しみ惜しみ読んだのです。

特に、体も心も大きな松右衛門ともう会えないのが寂しくて。そんな魅力的な人物と出会えて嬉しかった。

玉岡かおるさんの『お家さん』は天海祐希さんと小栗旬さんでドラマ化されました。

この作品も映像化されればいいのに。松右衛門は鈴木亮平さんかな。
帆神
北前船を馳せた男・工楽松右衛門
玉岡 かおる(著)
新潮社
播州高砂の漁師から身を起こし、大胆不敵な船乗りとして名を揚げた松右衛門。兵庫津を振り出しに瀬戸内を巡り、日本海に入って越後・出雲崎から果ては箱館まで、北前船を駆る海商にのし上がる。やがて千石船の弱点だった帆の改良に自ら取り組み、苦難の末に画期的な「松右衛門帆」を完成させて、江戸海運に一大革命をもたらすことに。あの高田屋嘉兵衛が憧れた伝説のシーマン、ここに甦るー。 出典:楽天
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池田 千波留
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