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あの人の宝物(大平一枝)

宝物には人生が詰まっている

あの人の宝物
大平一枝(著)
私がパーソナリティを担当している大阪府箕面市のコミュニティFMみのおエフエムの「デイライトタッキー」。その中の「図書館だより」では、箕面市立図書館の司書さんが選んだ本をご紹介しています。

今回ご紹介するのは、大平一枝さんの『あの人の宝物』。

「あなたの宝物はなんですか?」

そんな質問をされて、即答できますか?

広辞苑によると、宝物とは「宝とするもの。大切にするもの。」

オークションなどで、目が回りそうな高額で目当ての物を競り落とし、それを宝物とする人も世の中にはいると思います。

ですが、手に入れた時の価格をもって「宝物」とする人は意外と少ないのではないかしら。

「物」自体はあくまでもモノです。いくら高額で手に入れたとしても、いつか飽きてしまうかもしれないし、壊れてしまうかもしれない。

お金だけではなく、時間や、思い出が詰まったものこそ「宝物」と呼べるのではないか……

大平一枝さんの『あの人の宝物』を読むと、まさに宝物とは、単なる物にあらず、人生が詰まったものだとわかりました。

エッセイストの大平一枝さんは、様々なジャンルで活躍されている16人に、それぞれの宝物とそれにまつわるお話を尋ねています。

登場する16人のご職業は、イラストレーター、児童文学作家、家事評論家、料理家、デザイナー、書家、ライター、日傘作家、工芸店オーナー、ギャラリーオーナー、落語家、染色家、写真家、グラフィックデザイナー、漫画家、美術家。大きなくくりで「アーティスト」とお呼びするのがふさわしい方々です。

宝物は、ニューヨークから取り寄せたバレリーナのポスター、夫から初めて送られた山葡萄のかご、初めてもらった給料袋など人それぞれ。

しかし、その「宝物」を得た時の気持ちや生き方、経験に重みがあることは共通しています。

アートに関するお仕事は、安定とは対極にあります。

そもそも、自分が何をしたいのかわからず生きていた時代もあるし、やりたいことが見つかってもその道で生きていけるかどうか、わからないけれど一生懸命頑張っている時代もある。

それらを通り過ぎた後で「宝物」を見つめながら、語られる人生の深いことと言ったら。

人それぞれ人生は違うのだから、全てが参考になるとは言えませんが、やる気や元気が湧いてくるのは間違いありません。

中でも印象的だったのは、写真家 鋤田正義さんの章と、漫画家 蛭子能収さんの章です。

鋤田さんは1938年に、福岡県の炭坑町に生まれました。少年時代は映画に夢中。でも、地元の映画館では最新映画がなかなか見られません。

そこで、新作を見るため、博多まで往復100kmの道のりを自転車で何度も通ったと言うのです。ちっとも辛くなかったそうです。

物狂おしいまでに映画が好きだったのですね。そしてその「好き」を叶えるパワーの強さがすごい。

今は、なんでも手軽に手に入ります。パソコンでチャチャっと検索して、タブレットで映画も舞台も見ることが可能。とても自由で便利です。

だけど、往復100キロの道のりを物ともせず、自転車を飛ばしている少年は、不自由だけど心は大いに自由だったのではないかしら。

それに、何かに熱狂した経験は、のちの仕事に必ずプラスになると思います。実際に、そうやって見た映画の数々は、写真家になってからの鋤田さんの土台になったそうです。

例えば、鋤田さんは1972年からデヴィッド・ボウイを撮影されてきたのですが、デヴィッド・ボウイとはあの映画のあのシーンが良いよね、と盛り上がったのだとか。

そんな鋤田さんの宝物は、高校三年生の時にお母様に買ってもらった二眼レフカメラ。

鋤田さんのお母様は初任給が約八千円の時代に、約七千円のカメラを買ってくれたのです。

旦那様が戦死した後、四人の子どもを育てるために働きずめだったお母様にとって、それは決して安い買い物ではなかったでしょう。

鋤田さんにとって「生涯のベストワン」はそのカメラで撮影したお母様の横顔。その写真は本当に素晴らしくて、しばし見入ってしまうのでした。

漫画家 蛭子能収さんの宝物は、サラリーマン時代の同僚からお餞別にもらった腕時計。

九州から上京したものの、「ストーリーはいいけれど、絵がダメ」と言われ続け、なかなか漫画雑誌に掲載してもらえなかった蛭子さん。

上京一年後には結婚して家庭ができたため、ダスキンでフルタイムで働いて家庭を支えていました。

上京九年目、ようやく仕事の依頼が来るようになり、漫画に専念するため退職を申し出たところ、いつも親切にしてくれていた同僚の事務員さん3人がお餞別にとセイコーの腕時計を下さったのです。

テレビでは ほわほわっとした受け答えで、ちゃらんぽらんな人に見えるけれど、蛭子さんはとても真面目な方です。

頂いた時計を35年以上、大切に手入れしながら愛用していらっしゃる。

また、蛭子さんは時間厳守、〆切厳守の人で、約束の時間の30分前には待ち合わせ場所に行き、仕事の締め切りも遅れたことは一度もないそうです。
「せっかちっていうのもあるんだけど、約束の時間や締切は守ります。僕は絵が下手だから、今でもギリギリお前は使ってもらっているんだよと思うので、せめて約束や締切は守ろうと思うんです」
(大平一枝さん『あの人の宝物』 P202から引用)
また、こんなこともおっしゃっています。
「好きなことをして生きていきたいなら、自分の食いぶちは自分で稼ぐこと。まず自分の足で立って、生活を成り立たせて、それから好きなことに挑戦すべきです。

よく、好きなことを追いかけている貧乏な人が、人にご飯をおごってもらったりするでしょう?芸術家ぶって。でも人に助けられているうちは大成なんてしません。世の中はそんなに甘くない」
(大平一枝さん『あの人の宝物』 P211から引用)
蛭子さんのイメージが変わりました。とても真摯で、真面目で、強い人だったのね。

私は読書中、印象に残ったり、自分のためになると思う言葉はノートに書き写すようにしていますが、16人の人生が詰まっているこの本は、心に留めたい言葉だらけでした。

これからじっくり書き写していくつもりです。

【私の宝物】
私の宝物は、小学校5年生の時に、祖母からもらったカメオのブローチです。

このブローチは祖母がイタリア旅行の際、お土産に買ってきてくれました。

当時の私は、まだ子どもだったけれど、この上品な横顔がとても気に入り、ずっと愛用しています。

大人になってから私も、イタリアに旅行しました。

その時、ツアーの一環でカメオの工場見学があり、そこでカメオ製品を勧められました。よくありますよね、見学とお買い物がセットになっているツアーのオプションが。

その時私は初めて知ったのです。陳列されている中で一番安いものでも、 結構な値段がすると。

私がその場で買うように勧められた指輪やブローチは祖母にもらったものよりも かなり小さいし、しかも彫刻が雑なのに、この値段、

だとしたら、祖母は一体いくらで私のブローチを買ってくれたのだろうか?!

値段ではないのです。金額ではないのですが、まだ10歳の女の子に対して、ちゃんとした女性が身につけられるようなブローチを選んでくれた祖母の気持ちを、イタリアに旅行して しみじみ感じたのでした。(今ならネット検索で、値段もすぐに見当がつくでしょうけどね)

それから45年も身につけていることになります。10年ほど前、留め金などを補修しました。

もっと大きくて立派で高価なカメオが世の中にあることは知っています。だけど、私にとってはこのカメオのブローチが最上級の宝物です。
あの人の宝物
大平一枝(著)
誠文堂新光社
暮らしの提案やものづくり等に携わる人生の先輩方を中心に、 “長く使い続ける大切なもの”を通した「物語」として記し、それぞれの生き方やものの考え方を切り取るエッセイ。 出典:楽天
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池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」

パーソナリティ千波留の
『読書ダイアリー』

ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HPAmazon

 



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