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森瑤子の帽子(島﨑今日子 )

時代のアイコン的作家のドキュメント

森瑤子の帽子
島崎 今日子(著)
作家 森瑤子さんが亡くなって、27年経ちました。

私はかつて、森瑤子さんに憧れていたはずなのに、薄情なものですね、年々、思い出すことが少なくなっていきました。

でも、この本の表紙を見たとき久々に、ファッショナブルな生前の森さんの姿がありありと脳裏に浮かんできたのです。

この本は、森さんの生い立ちや、結婚、家庭、そして作家生活について、森さんと親しかった人の証言をもとに書かれたノンフィクションです。

森さんの作家デビューは決して早くありません。

1978年、第2回すばる文学賞受賞でデビューしたときには、すでに三十八歳。

そのとき森さんは、夫と三人の子どもがいる主婦でした。

それから1993年7月6日に亡くなるまでの15年間で、残した著作は100冊以上。なんというハイペース。

筆が早いということもあるでしょうが、出版されるということはそれだけ需要があったということ。つまり森瑤子さんは売れっ子作家だったのです。

森瑤子さんの人気は、作品だけによるものではなかったと思います。

自分の才能を開花させ、経済力を持った女性。しかも彼女にはハンサムなイギリス人の夫がいて、女の子三人にも恵まれている。

華やかな交友関係や贅沢な暮らし、垢抜けたファッション、およそ望むものは全て手に入れている女性、多くの女性にとって理想像だったのだと思います。
そんな彼女は、華麗な私生活が作品世界と重なり合って、ライフスタイルまで真似したいと女性読者に思わせた最初の作家であった。
(島﨑今日子さん『森瑤子の帽子』 P77より引用)
しかし、この本を読むと、そんな「森瑤子像」は、もしかしたら森瑤子さんがセルフプロデュースをして一生懸命作り上げた姿なのかもしれないと思いました。

結婚し、幸せな家庭を築きながらも、自分に与えられた才能がなんなのか、そもそも自分は「何者か」になれるのか、悶々としていた伊藤雅代(本名)が、森瑤子という別人格を得て、生まれ変わったのかもしれません。

夫であるアイヴァン・リン・ブラッキンさんや娘さんであるヘザーさん、マリアさん、ナオミさん、作家の山田詠美さん、北方謙三さん、五木寛之さん、幻冬社創業者である見城徹さんをはじめ、多くの方がそれぞれの視点から森瑤子さんを語っておられますが、全員一致して話しているのは、森さんの人柄の良さです。

非常に気配りができる人だったそうですし、一度知り合うと、相手の才能を見極めて、その人が力を発揮できるよう力添えをしてくれたそうです。

また、家を訪ねると、執筆中でも「コーヒーいれるから飲んでいってね」「何か食べる?」と、自らもてなしてくれて、しかもチャチャっと作る料理がとても美味しかったんですって。なんて良いオンナなんでしょうか!

当時の私はそこまで細かく森瑤子さんのことを知らなかったけれど、憧れていたのは間違いありません。週刊誌やグラビアで見る森瑤子さんは本当にカッコよかった。
ミンク、ダイヤモンド、ローレックスの時計、香水などが彼女程似合う人は居ない。
(島﨑今日子さん『森瑤子の帽子』P116より引用)
森瑤子さんと親しかった 絵本作家の佐野洋子さんのおっしゃる通り!

だからでしょうか、私は森さんの小説よりも、私生活を色濃く反映したエッセイの方が印象に残っています。

香港について書かれたエッセイで、森さんがペニンシュラホテルのロビーでお茶を飲むシーンがあり、「香港に旅行することがあれば、絶対にペニンシュラホテルでお茶を楽しむんだ!!」と思ったものです。

2006年に香港旅行をして、その夢が叶ったときには感無量でした。「これが森瑤子さんの見た景色か!」と。

もう一つ印象に残っているエッセイの中のワンシーンは、数人の女性が集まったパーティーかお茶の場面。

森さんの華やかな交友関係が偲ばれるエッセイで、その集まりには女優の前田美波里さんもいらっしゃいました。

NHKの大河ドラマ『武田信玄』がその場の話題に上ったのだから、1988年のことだと思います。

様々な話題が出た後、森瑤子さんは、『大河ドラマで武田信玄の少年時代(武田勝頼)を演じている俳優、良いと思わない?」と発言したのですって。

一瞬にして場の空気が微妙に変わったのだけれど、森さんはなぜ空気が変わったのかわからず、続けて、その俳優の素地の良さを褒め称え続けたら、前田美波里さんがじっと森さんの目を見て「本当にそう思っている?」と尋ねたそうです。

もちろん、と森さんが答えたところ、前田美波里さんの目からポロポロと涙がこぼれ落ち……という場面描写に、私もその場にいた人と同じように、息を飲むような気持ちになったものでした。

そうです、大河ドラマ『武田信玄』で少年時代を演じたのは、前田美波里さんの息子さんである真木蔵人さんだったのです。

真木蔵人さんは両親の離婚後お父様のもと成長されていましたが、森瑤子さんは、その事情を知らなくてうっかりそんな話をしてしまった、といったエッセイだったのでした。

こんなふうに、エッセイはよく覚えているのに、なんということか、私はこの本に出てくる森さんの小説を何一つ覚えていないことに気がつきました。

デビュー作『情事』も、芥川賞候補になった『誘惑』『傷』も、直木賞候補になった『熱い風』『風物語』さえも。

読んだけど忘れたのか、そもそも読んでさえいないのか、それすら思い出せません。

マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』の続編として書かれたアレクサンドラ・リプリーの『スカーレット』の翻訳者が森瑤子さんだったことは辛うじて思い出せましたが、こんな薄情な状態でファンだったと言っていいのか悩みました。

そんな私を慰めてくれたのは、この本で紹介されている五木寛之さんの言葉です。
「森さんは、あの時代にゴージャスでインターナショナルなアーバンライフをおくる作家という役割を演じて、その波の中で多少自嘲するところもあったんだろうけれど、僕は世阿弥の言うところの『時分の花』の道を意識して選んできた人だと思いますね。

作家には、教科書に載って百年後も文学史に残っているという生き方もあるけれど、花火のようにみんなにため息を吐かせて一瞬のうちに消えて時代と心中する生き方もある。アメリカのロスト・ジェネレーションの人たちにそういう作家が多いけれど森さんはそれは素晴らしい『時分の花』だったと思います」
五木寛之さんがおっしゃるように、森瑤子さんは、これからバブルに向かっていく華やかな時代の象徴だったのよ。

ただ、華やかな作家像の後ろには、悩みや苦しみもあったことが『森瑤子の帽子』を読んでわかりました。

また、死を受け入れた後、自分の死んだ後の準備をした様子も知ることができ、森瑤子さんへの憧れの念がますます高まりました。

改めて森瑤子さんの作品を読もうと思います。
森瑤子の帽子
島崎 今日子(著)
幻冬舎
もう若くない女の焦燥と性を描いて38歳でデビュー。時代の寵児となった作家・森瑤子。しかし華やかな活躍の裏で、保守的な夫との確執、働く母の葛藤、セクシュアリティの問題を抱えていたー。自らの人生をモデルに「女のテーマ」をいち早く小説にした作家の成功と孤独、そして日本のバブル期を数多の証言を基に描いた傑作ノンフィクション。 出典:楽天
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池田 千波留
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コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
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