竜になれ、馬になれ(尾﨑英子 )
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![]() 将棋は人生と通じる 竜になれ、馬になれ
尾﨑 英子 (著) 将棋の知識がある方なら、ピンとくるのかもしれませんが、私は「どういう意味なんだろう」と、タイトルに惹かれて読み始めました。お恥ずかしい。
小学六年生のハル。両親が離婚し、今は母と二人暮らしだ。夏休み中、ハルの身に、思わぬ異変がおこった。そのことを友だちに知られたくない。
知られたら、友だちが自分から離れるような気がするから。しかし2学期が始まると、毎日教室で顔を合わせることになった。 いつそれがバレてしまうかと気が気ではなく、以前のように親友と行動することもできなくなったし、できれば塾にも行きたくない。 そんなある日、ハルは塾への道すがら、変わった名前のカフェを見つける。「Hu・Cafe」というその店の看板には将棋の「歩」の駒が描かれていた。Hu・Cafe=歩カフェなのだ。 ハルは、小学校で将棋部に入っている。思わず立ち止まって見ていたら、お店の人が出てきて、ハルに声をかけた。「中で一局どう?」と。カフェの女主人 夕子さんは将棋が強かった。 人目を避けたいハルにとって都合がいいことに、カフェにはお客さんがほとんどいない。以来、ハルは放課後はHu・Cafeに行くようになった。 ハルが今悩んでいることについて、なぜか夕子さんには知られても平気だったし、夕子さんは将棋のことを色々教えてくれたから……。 (尾﨑英子さんの『竜になれ、馬になれ』の出だしを私なりに紹介しました) 子どもの頃、なぜか我が家にも将棋盤がありました。
テレビで見る対戦で使われるような、足がついた立派なものではありません。 普段は二つに折りたたまれていて、中の空洞に将棋の駒がしまわれているタイプの簡易版です。 私がその将棋盤を使うのは、もっぱら「ひよこまわり」をするときだけ。 他の人との駒が詰まった瞬間に「プッスン!」と言いながら離すのが面白かったっけ。 他に将棋盤で遊ぶといえば「将棋くずし」くらいのもの。我が家の将棋盤は全く、猫に小判でありました。 そんな私ですから、将棋に関する知識はほぼゼロ。 だからタイトルの意味も分かりかねたわけです。 将棋の駒の中には、敵陣に入ると裏返しになり(「成る」というらしい)パワーアップするものがあるそうな。 「飛車」が裏返ると「竜」に、「角行」が裏返ると「馬」になるんですって。 このルールについては、物語の早い段階で明かされるので、私でもタイトルの意味がわかりました。 やれやれ、知らないってツライわね。 上でご紹介した導入部分でもお分かりかと思いますが、この小説では、将棋を仲立ちとしてハルと夕子さんが年齢差を超えて親しくなり、影響を与えあっていく様子が描かれています。 こんなにも将棋について無知な私が、最後まで読み進められるのか、少し不安がありました。 が、なんのなんの。面白くて、するする読めてしまうのでした。というのも、将棋の話のはずなのに、なぜか人生に通じていて、深いのです。 心に響く言葉が出てくるたびに付箋を貼っていたら、最後は本がヤマアラシのようになってしまったくらい。 その中からいくつか紹介してみましょう。 まずは「端歩を突く」という言葉。端歩はハシフと読みます。文字通り端っこにある「歩」のこと。 ”端っこにある歩を動かしたところでどうってことない”と思われがちだけれど、そうではなく 「今はその手が将来的に役に立つかわからないけれど、後になって振り返ると、あれが有用な一手だったってことがあるものなの」
(尾﨑英子さん『竜になれ、馬になれ』P54より引用) 心に響いた言葉をもう一つ、紹介しましょう。やはり夕子さんの言葉です。
「勇気がいる。相手の陣地に大駒を置くのは怖いもの。でも思い切って相手の懐に入ってみると、一気に状況が変わることってあって……
もしも今のハルちゃんが不利な形勢にあると思えるなら、そういう勇気を持ってみたら」 (尾﨑英子さん『竜になれ、馬になれ』P128より引用) 全く、人生そのものではありませんか。
苦手な人や、厄介な問題から逃げているより、きちんと向き合ったほうが解決が早いことは多いですものね。 ただ、そうする勇気がなかなか持てない。夕子さんのアドバイスが沁みます。 タイムリーなことに、この小説を読んでいるとき、将棋の藤井聡太七段のニュースが飛び込んできました。 藤井さんにとって初めてのタイトル戦となる「棋聖戦」に挑み、タイトル挑戦の最年少記録を31年ぶりに更新したとのこと。 いつも結果だけ聞いて感心していたけれど、藤井聡太さんの打つ手に驚いたり感動したりできるようにちょっと将棋を勉強してみたくなりましたよ。 最後にもう一度タイトルについて。 以前、宮下奈都さんの『羊と鋼の森』を読んだ時も、小説の中でヒントをもらうまで、タイトルがピアノを暗示していることに気がつきませんでした。 今回も初見ではタイトルから将棋を連想することができませんでした。 知識があるということは、一つのものを見たり聞いたりしたときに、別の世界へと広がりを持たせることができるということなのですね。 もっともっと色々なことを知りたい!(この歳でまだそんな状態なのがお恥ずかしいワ) そんなことまで思わせくれる『竜になれ、馬になれ』でした。 竜になれ、馬になれ
尾﨑 英子 (著) 光文社 小学6年生の橘玻璃は、少し前から小児脱毛症を患っている。慣れないウィッグはかゆみと違和感、友人にバレるのではという不安でいっぱいだ。そんな矢先、将棋部に属するハルは「Hu・cafe」という将棋の指せるカフェを近所で見つけ、店主の夕子さんの人柄に惹かれるようになる。女流棋士として活躍していた夕子さんは、訳あって引退し、カフェを開いたというのだが…大人への階段を上り始めた少女が、将棋と向き合い、悩みや苦しみを受け止めてゆく様をみずみずしく描く成長小説。 出典:amazon ![]() 池田 千波留
パーソナリティ・ライター コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。 BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」 ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。私の視点で好き勝手なことを書いていますが、ベースにあるのは本を愛する気持ち。 この気持ちが同じく本好きの心に触れて共振しますように。⇒販売HP/Amazon
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