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名も知らぬ夫(新章文子)

元タカラジェンヌの乱歩賞作家

名も知らぬ夫
新章文子(著)
光文社文庫が、昭和ミステリルネサンスと題して、昭和の高度経済成長期に発表された推理小説の短編作品を作家別に集めた復刻版を出版しています。その中の『名も知らぬ夫』の帯に惹かれました。

「宝塚歌劇出身の乱歩賞作家 巧みなプロットで魅せる迫真のサスペンス!!」

元タカラジェンヌの作品ならば、読まずに済ませられません。

読み始めると、これが面白い!

文章が明晰で、読みやすいのもありますが、登場人物の心理描写が真に迫っていて、ついつい先を読みたくなるのです。

収められている短編は8つ。
「併殺(ダブルプレイ)」
「ある老婆の死」
「悪い峠」
「奥様は今日も」
「名も知らぬ夫」
「少女と血」
「年下の亭主」
「不安の庭」
読み終わって、文庫本の最後のページを見て驚きました。

出典一覧が列記されているのですが、「ある老婆の死」の1999年を除いて、全て1959年から1965年までに発表された作品だなんて。

確かに電話などの道具立てや、貨幣価値に関しては、時代を感じさせます。

例えば「ある老婆の死」では、寝たきりのおばあちゃんが死んだら遺産が入る、と家族があてにしているのですが、その金額が500万円。

死を待ち望むにしては金額が少な過ぎる気がします。

そのあたりの古さに関しては、今と一桁違うのだと思いながら読めば問題ではなかったです。

もっとも大事な、登場人物の心のひだ、欲望、葛藤、迷いなどが、全く古ぼけていないのが素晴らしいと思いました。

特に短編集のタイトルになっている「名も知らぬ夫」などは、心理サスペンスとして今でも十分通用すると思います。
母親と二人暮らしの市子は、31歳。婚期を逃し、自宅で洋裁をして生計を立てている。

慎ましい女性の二人暮らしの家に突然、従兄弟の圭吉が訪ねてきた。圭吉の母は市子の母の妹なのだが、ある事情から25年前に縁を切っていた。

幼い頃に数回あっただけの従兄弟について、昔の記憶はない市子だったが、今の圭吉にはなんとなく惹かれるものがあった。

母親が亡くなり、一人ぼっちになったと言う圭吉はそのまま市子たちと同じ屋根の下で暮らすことになり、やがて圭吉と市子は夫婦になるのだが、徐々に圭吉について疑問が生まれてくるのだった……。
(新章文子さん『名も知らぬ夫』の前半を私なりにまとめました)
市子の心理は段階的に描かれています。

母と二人暮らしのそこはかとない侘しさ、このまま独身で過ごすのだろうかという不安や虚しさ、そして恋に落ちた喜び、ときめきが、疑惑に変わっていく様子は、自分のことのように想像できて、胸が苦しくなってくるぐらいです。

自分の夫が何者なのかわからない、

どれほど恐ろしいことか。

それでもこの夫と暮らしていくしかない、

いや、暮らしていきたいと思う市子。

ミステリーですわ。

それにしてもこんなに面白い小説を掘り起こしてくれた光文社さんの昭和ミステリルネサンスには感謝しなくては。他の作家さんのものも読んでみたいです。

ところで、新章文子さんというのはペンネームで、タカラジェンヌ時代の芸名は京千鈴さんですって。

残念ながら私は存じ上げません。

初舞台は1941年で、久慈あさみさんや淡島千景さんと同期だそう。

舞台で同じことを繰り返すのが耐えられず、1943年には退団されています。

見切りが早い!

でもそのおかげで、小説家に転身でき、江戸川乱歩賞まで受賞できたのですもの、いい判断だったと言えるでしょう。

亡くなられたのは宝塚歌劇100周年の翌年、2015年、93歳だったそうです。
名も知らぬ夫
新章文子(著)
光文社
婚期を過ぎて母とつましく暮らす市子のもとに、二十五年前に音信を絶った徒兄の圭吉が訪ねて来た。市子に昔の記憶はないが、目の前の中年男は優しく魅力的だった。ほどなく二人は一つ屋根の下で暮らし、結ばれるが、日を追って男の正体が明らかにー。巧みなプロットで読む者を引き込む表題作など、女性ならではの繊細な心理描写が光るサスペンス推理八編を収録! 出典:楽天
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池田 千波留
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コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
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