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自分のなかに歴史をよむ(阿部 謹也)

一生のテーマを探し続ける

自分のなかに歴史をよむ
阿部 謹也(著)
新年度が始まりました。これまでの自分を振り返って、将来について考えることも多い季節です。今月の一冊は、そうした思いを巡らせるときに手助けとなるかもしれません。

本書は、中世ヨーロッパ史の大家で『ハーメルンの笛吹き男』で有名な阿部謹也氏(1935-2006)が、中高生向けに、一生のテーマを探すこと、自分のなかに歴史をよむことなどについて、自身の経験を交えてわかりやすく語った本です。

阿部氏は、大学3年生のとき、上原専禄というドイツ中世史の先生のゼミに入り、歴史研究を始めます。上原先生は当時すでに学界の権威であり学問にはとても厳しい人でしたが、人柄は温厚で、だれに対しても同じように丁寧な態度で接する人でした。

阿部氏が卒業論文のテーマを決めるさいに上原先生からかけられた言葉は、その後の阿部氏の研究姿勢の核を形づくることになります。それは、「どんな問題をやるにせよ、それをやらなければ生きてゆけないというテーマを探すのですね」という助言です。

当時、阿部氏は妹二人を養いながら学ぶ苦学生で、「食物さえあればとにかく生きてはゆける」と考えていたために、「それをやらなければ生きてゆけないテーマ」などあるはずがないと行き詰まりました。

そこで、阿部氏は「何ひとつ書物をよまず、何も考えずに生きてゆけるか」と自分に問いかけます。その問いには、そんな生活はできないと容易に答えが出ました。そして、その答えには体の奥底から納得できたのです。このとき一生のテーマを探し続けるという姿勢、研究の原点が出来たと阿部氏は振り返っています。

もうひとつは、上原先生が学生の報告を聞いて、いつも発した、「それでいったい何が解ったことになるのですか」という問いです。先生はあるとき、「解るということはそれによって自分が変わるということでしょう」とも言われたそうです。

それでいて、上原先生は次のようにも言われました。「人物であれなんであれ、研究対象に惚れこまなければ対象をとらえることはできないでしょう。けれども惚れこんでしまえば対象が見えなくなってしまいます。ですから研究者は、いつも惚れこんだ瞬間に身をひるがえして、現在の自分にもどってこられるようでなければいけない」。

それなしに生きることはできないと思えることを追求すること、そうしながらも自分と、自分が追っている対象を客観視すること。こうした姿勢は、学問に限らず当てはまることではないかと思います。

さて、阿部氏はその後30代半ばでドイツに留学して、ひたすら古文書を読んでいくなかで、「ハーメルンの笛吹き男」伝説にかかわる資料と出会い、体に電気が流れたような衝撃を受けます。

「ハーメルンの笛吹き男」は、グリム童話にもなり、いまでは当地の観光資源にもなっている有名な話ですが、これは1284年にハーメルンから130人の子どもが失踪したという、実際に起こった事件をもとにしたものだったのです。

阿部氏がこの伝説の解明に取り組み始めた1970年ごろには、歴史研究といえば文書研究に限定され、「伝説やメルヘンなどはまともな歴史家が扱うものではない」と考えられていました。しかし、阿部氏は「自分がほんとうにおもしろいと思ったことはなんでもやってみよう」と、「この伝説に歴史研究の手続きを応用し、どこまで明らかにできるか」試みました。

そうして、この研究を通してヨーロッパ中世社会における差別の問題に触れることになり、新しい社会史の世界を切り拓くことになったのです。

それは、何が明らかになったときに、なにがどう解ったことになるのかという、阿部氏がずっと抱き続けてきた問いの答えでもありました。詳しくは、本書の後半と、『ハーメルンの笛吹き男 伝説とその世界』(ちくま文庫)をお読みください。

なお、ちくま文庫版の解説は、若き日に阿部氏に会いに行き、のちに大学の同僚となった山内進さんが書かれています。山内さんが阿部氏から受け継いだ精神と、本書のエッセンス、阿部氏が歴史学界や日本社会に与えた影響がよくわかる文章です。読了後のまとめに、あるいは予習として先に読まれてもよいかと思います。
自分のなかに歴史をよむ
阿部 謹也(著)
(ちくま文庫 2007年)
かつてヨーロッパでは、どのような生活が営まれていたか。日本人がヨーロッパの歴史を学ぶ意味はどこにあるか。研究を進める上で、どのような着想と、史料操作や文献解読が必要だったのか。「ドイツ騎士修道会」の研究に始まり、ヨーロッパ中世の神秘的で混沌とした社会を豊かに鮮やかに描き出した著者が、学問的来歴をたどることによって提示する「歴史学入門」。 出典:amazon
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橋本 信子
同志社大学嘱託講師/関西大学非常勤講師

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。同志社大学嘱託講師、関西大学非常勤講師。政治学、ロシア東欧地域研究等を担当。2011~18年度は、大阪商業大学、流通科学大学において、初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発に従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
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⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら

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