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ウクライナの夜 革命と侵攻の現代史(マーシ・ショア)他

日本の私たちが知りたいウクライナ

ウクライナの夜 革命と侵攻の現代史
マーシ・ショア(著)

ウクライナ日記 国民的作家が綴った祖国激動の155日
アンドレイ・クルコフ(著)

ウクライナ現代史
アレクサンドラ・グージョン(著)

戦時下のウクライナを歩く
岡野直(著)
2022年2月のロシアによるウクライナへの全面侵攻は世界に大きな衝撃を与えました。日本でも関連書籍がたくさん出版され、特集コーナーを設けている書店も見かけます。今回は、それらのなかから、おすすめの4冊をご紹介します。

1991年末のソ連崩壊によって独立したウクライナは、国内ではオリガルヒと呼ばれる新興財閥への富の集中、政界や警察の汚職、不正、腐敗が深刻化し、国外からの投資を妨げました。さらには頻繁に政権が代わり、そのたびに憲法や法律が改訂され、不安定な政治、社会、経済状況がつづきます。

ウクライナは、おもに脱露入欧の外交方針をとりましたが、そのことによって対外的にはロシアとの緊張が、国内的には激しい政治的対立が生じました。2013年末にはEUとの連合協定を結ぶ運びになっていましたが、親露派のヤヌーコヴィチ大統領(2010年就任)は、直前で署名をとりやめてしまいます。彼は身内の重用など、政治腐敗も問題視されていたため、市民は大規模な抗議活動を始めました。首都キーウの中心にある独立広場(マイダンとも呼ばれる)に市民が集まり、演説、コンサート、それらを支える炊き出しなどが連日続きました。

そのうちに、マイダン周辺では、政治や歴史、外交、教育、英語や護身術など幅広い分野の講座や、法律相談なども開かれたといいます。地方からマイダンを目指す人たちを相乗りさせて連れてくるマイカー隊も結成されました。

しかし、年が明け2014年になると治安当局による弾圧が激しくなり、市民に100人もの犠牲者が出る事態になります。それでも市民の抵抗はやまず、最終的には、大統領がロシアに逃亡し、政権が交代しました。こうした動きにロシアは危機感を覚え、クリミア半島併合やウクライナ東部の親露派勢力の支援をもくろみます。ウクライナとロシアの衝突は、2022年のロシアによる全面侵攻で突然始まったのではなく、すでに2014年から8年にわたって続いていたのです。

アメリカのイェール大学准教授で、8つの言語を駆使する中東欧の専門家マーシ・ショア氏の『ウクライナの夜』には、マイダン革命やウクライナ東部の親露派との紛争に関わった人たちの体験がまとめられています。彼らが口々に、マイダンでの抗議活動を通してウクライナに初めて市民社会が生まれていくのを実感したと言っていることが印象的です。

『ウクライナの夜』と併せてお勧めしたいのが、アンドレイ・クルコフ『ウクライナ日記』です。クルコフ氏は、ロシア生まれでロシア語を母語にしていますが、キーウに長く住み、ウクライナ国民としてのアイデンティティを持つ作家です。彼は、当時の政権に批判的でしたが、マイダンに住み着いて運動している人とも一線を画していました。マーシ・ショア『ウクライナの夜』とはまた違う角度からマイダン革命の様子を知ることができます。

メディアなどに流れるウクライナをめぐる誤解されがちな言説について簡潔かつ明瞭に解説しているのが、フランスの政治学者アレクサンドラ・グージョン氏による『ウクライナ現代史』です。ウクライナの歴史はたいへん複雑なので、本書を一読しただだけですぐに理解できるということはありません。しかし例えば「ウクライナは東西で分断している」といったような、断片的に伝わる情報による刷り込みが、いかにものごとを単純化(一部を極大化)しているかに気づかせてくれる本です。

元朝日新聞記者で紛争地の取材経験も豊富な岡野直氏による『戦時下のウクライナを歩く』は、戦時下のウクライナ各地をまわり、100人を超える市民と交わした言葉をまとめた取材記です。ウクライナの文化や芸術を守り抜こうとする人、大学での職を投げうって戦うことを選んだ人、危険を顧みず兵士や市民を支援する活動を続ける人など、日本の私たちが知りたいと思う現地の様子を伝えてくれています。また戦争を通してのゼレンスキー大統領の変貌が、近しい人によって語られています。

ウクライナ戦争が続くなかで、戦況を解説したものやウクライナ市民らが綴った体験記、あるいは国際法や国際政治の観点から書かれたもの、ウクライナ史をまとめたものなどが次々に出版されています。ウクライナに関連する映画も何本も公開され、おすすめしたい作品がたくさんあります。ブログ「本日の中・東欧」で順次ご紹介していますので、よろしければご覧ください。
ウクライナの夜 革命と侵攻の現代史
マーシ・ショア(著)池田 年穂 (翻訳), 岡部 芳彦 (解説)
(慶応義塾大学出版会 2022年)
ウクライナとEUとの連合協定への署名を拒んだヤヌコーヴィチ政権を倒したマイダン革命、そこにつけこんだロシアによるクリミア併合、ロシアを後ろ盾とする反政府の分離主義武装勢力とウクライナ政府軍とのドンバス紛争へと続く事態を、大文字の歴史に、多様なウクライナ社会の証言者たちの声を織り交ぜながら立体的に描き出す。 “生の声” によるウクライナ現代史。
出典:amazon

ウクライナ日記 国民的作家が綴った祖国激動の155日
アンドレイ・クルコフ(著)吉岡 ゆき (翻訳)
(ホーム社 2015年)
『ペンギンの憂鬱』のクルコフによる、「マイダン革命」勃発後半年間の記録と考察。
出典:amazon

ウクライナ現代史
アレクサンドラ・グージョン(著)鳥取 絹子 (翻訳)
(河出新書 2022年)
今もっとも信頼できるウクライナ情報! パリ政治学院のウクライナ専門女性家だった女性政治学者が解説する現在の本当の意味。
出典:amazon

戦時下のウクライナを歩く
岡野直(著)
(光文社新書 2023年)
破壊された街で、失われた日常に—— そこに生きる人々は何を思うのか。 現地を歩いて、見て、聞いた、市民による〝戦い〟の記録。
出典:amazon
profile
橋本 信子
大阪経済大学経営学部准教授

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。専門は政治学、ロシア東欧地域研究。2003年から初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発にも従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら



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