チャップリンとヒトラー メディアとイメージの世界大戦(大野裕之)
稀代の表現者チャップリンの天才性 チャップリンとヒトラー
メディアとイメージの世界大戦 大野裕之(著) 喜劇王チャールズ・チャップリン(1889-1977)の映画「独裁者」の制作過程を丹念に追った本です。
著者の大野裕之さんは、劇作家、映画プロデューサー、劇団代表、日本チャップリン協会会長を務め、チャップリンに関する著作を数冊発表されています。チャップリンの撮った映像をNGになった未公開のものも含めてすべて観た世界で3人のうちのお一人だそうです*。チャップリン愛に満ちた、ていねいな論稿です。 1940年に公開された映画「独裁者」で、チャップリンは、ユダヤ人の床屋と、架空の国トメイニアの独裁者ヒンケルの二役を演じています。時代は第一次世界大戦末期から第二次世界大戦勃発前夜です。ヒンケルは、ドイツの指導者ヒトラーがモデルです。 さて、チャップリンは時代の大スターでしたから、次回作でどのような映画を撮るかは世界中から注目を集めていました。 そしてヒトラーに批判的な映画を撮るらしいとの噂が流れると、ドイツやドイツの同盟国イタリア、さらにはチャップリンの故国イギリス、そして彼の活動拠点で最大の市場であるアメリカからも妨害や逆風が起こります。 その時点では、イギリスもアメリカもドイツとは敵対関係になく、それどころかアメリカでは、反共の強い指導者としてヒトラーを讃える人々も多かったのです。 最悪の場合、公開する劇場がないかもしれないという状況でしたが、チャップリンは損失も覚悟で制作を進めます。 チャップリン家に保存されている制作メモや撮影日誌には、構想から完成まで、何度もアイディアを練り直し、シーンを撮り直した記録が残されています。ラストシーンの有名な6分間の演説だけでも、1年8カ月をかけて1000枚以上原稿を書き直し、撮影は4日にわたったということです。 「独裁者」は、のべ559日かけて、1940年10月に完成しました。完成版のフィルム1万1625フィートのために47万7440フィートのフィルムを費やしています。 制作中の1939年9月、ドイツはポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が勃発します。ドイツはあっというまにフランスなど近隣諸国を占領しました。その頃には、世論は「独裁者」の公開を熱望するようになります。 大衆は封切りを待ち構えて押し寄せ、上映後は拍手喝采しました。戦場から遠いアメリカでは、政治的主張が盛り込まれている点に対して批評家の賛否は分かれたそうですが、ドイツの空爆を受けていたチャップリンの故国イギリスでは官民あげて熱烈に迎え入れました。各地で記録的な観客動員を達成し、興行的にも大成功しました。 大衆から熱狂的な支持を得たチャップリンは、しかし、戦後、アメリカを追われることになります(1952年)。一貫した平和主義、個人の自由を尊ぶ発言が、冷戦下のアメリカの保守派には反米的であるとみなされたのです。チャップリンはその後、スイスに居を定めました。アメリカに再び降り立つのは、アメリカがベトナム戦争で敗北したあとの1972年でした。 映画「独裁者」のなかで笑いをもって批判される指導者たちは、明らかにドイツのヒトラーとイタリアのムッソリーニを模していますが、この映画は特定の時代の特定の指導者を揶揄するだけのものではありません。 ラストで独裁者ヒンケルと間違えられたユダヤ人の床屋が訴えるのは、国や人種を越えた人間愛、平和、民主主義の希求です。時代や国を越えた普遍性を持つ作品です。 「独裁者」制作前後のドイツによる妨害や、戦後のアメリカでのネガティブ・キャンペーンでは、虚偽・捏造の報道、当局からの圧力、さらには不当な裁判までが起こりました。体制に与しない人物の表現活動を封じるための攻撃を見抜き、それを許さない態度が、私たちに求められていると思います。 巻末には、ラストシーンの演説の全訳と、冒頭のヒンケルのデタラメ・ドイツ語演説の「翻訳」とその解説も掲載されています。 「独裁者」の鑑賞後に読まれることをおすすめします。稀代の表現者チャップリンの天才性とこだわりを堪能してください。 *ぴたっとジャーナル「新発見のチャップリン映画 その鑑定人が語る!」 チャップリンとヒトラー メディアとイメージの世界大戦
大野裕之(著) 岩波書店 (2015) 一八八九年四月―二〇世紀の世界で、もっとも愛された男ともっとも憎まれた男が、わずか四日違いで誕生した。やがて、二人の才能と思想は、歴史の流れの中で、巨大なうねりとなって激突する。知られざる資料を駆使し、映画『独裁者』をめぐるメディア戦争の実相をスリリングに描く! 出典:amazon 橋本 信子
同志社大学嘱託講師/関西大学非常勤講師 同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。同志社大学嘱託講師、関西大学非常勤講師。政治学、ロシア東欧地域研究等を担当。2011~18年度は、大阪商業大学、流通科学大学において、初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発に従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。 BLOG:http://chekosan.exblog.jp/ Facebook:nobuko.hashimoto.566 ⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら |
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