HOME  Book一覧 前のページへ戻る

裏が、幸せ。(酒井順子)

北陸や山陰に、文学の舞台をたどる旅に出たくなります。

裏が、幸せ。
酒井 順子 (著)
酒井順子さんと言えば「30代以上・未婚・子ナシ」女性を鋭く観察して話題を呼んだ『負け犬の遠吠え』が有名ですが、本書は「裏日本」と言われる日本海側の地方の魅力をさまざまな側面からユーモアを交えて語る一冊です。

裏日本という言い方は近代以前には存在しませんでした。というのも、この地域は、江戸時代は海運や農業が盛んで経済的にも文化的にも豊かだったからです。

ところが明治以降、交通の主役が船から鉄道になると、鉄道が敷設された太平洋側の都市ばかりが栄えるようになりました。そして日本海側は人や資源を提供する「後背地」的な位置づけがなされ、地理学の分野で裏日本と呼ばれるようになります。

やがて一般にもその呼称が使われるようになりますが、そこには「遅れている」という意味が付されるようになります。そして1970年代には差別的な表現だとして、ほとんど使われなくなりました。

東京で生まれ育った酒井さんは、取材や旅行で日本各地を回るなかで、絶景に感動した地方がすべて日本海側であること、ひっそりと輝く土地が日本海側にはたくさんあることに気づきました。そして「裏」性とも言える共通の魅力を見出すようになります。

それは本書の最初の章である「陰翳」に象徴されるといっていいでしょう。例えば、能登や金沢の民家にある金箔を施した巨大な仏壇は目映いばかりの光を放ちます。これが陽光たっぷりの白っぽい家屋にあると悪趣味に見えるかもしれない。でも、この地方の漆塗りの建具に囲まれたうす暗くて広い家屋の中では黒と金のコントラストが映えるのです。まさに谷崎潤一郎が讃えた『陰翳礼賛』の世界です。

そんな「陰翳」を含んだ裏日本ならではの魅力を、酒井さんは、民藝、演歌、仏教、神道、美人、流刑、盆踊り、田中角栄、鉄道といった切り口で紹介していきます。

私が特に印象深く感じたのは、文学をとりあげた章です。高橋治『風の盆恋歌』、川端康成『雪国』や泉鏡花などの小説が紹介されているのですが、そこに登場する北陸の女性や情景はしっとりとしていて、はかなげで、しかし強さを秘めています。酒井さんの文章もまた美しく流れるようで、小説の舞台に足を運びたくなります。

同じ文学でも、水上勉を取り上げている章は少し趣が違います。水上は福井の貧しい家に生まれ、口減らしのために京都の寺に小僧に出されました。故郷の母は腰まで浸かるような泥の田で日がな働いているのに、京都の住職夫婦はごちそうを食べている。それを一口もわけてもらえない水上少年。「若狭は京都にかしずいて」いるという表と裏の関係を痛烈に体験します。

水上の故郷にはのちに大飯原発が建ちます。ここでも原発を誘致せねば道路一つつかないという「裏」の若狭と、そこで作られた電気を消費する京都・大阪という「表」の構図が見られます。水上は1986年のチェルノブイリ原発事故以降、電気をどんどん使って文明を発展させていく以外の道を進まなくてはならないのではないかと問題提起し続けます。

今も若狭の原発のない半島には細い悪路しかありません。が、その不便さゆえ開発されずに残る美しさがあり、それが遠方からはるばるやってくる人たちの旅情をかきたてることにもなりうるという土地の人に話に酒井さんは光明を見出します。

派手か地味かといえば地味だが、それが経済性と結びつかないわけではない。東日本大震災のあと、「発展し続けることが良いことだ」という雰囲気ではなくなった今だからこそ、「裏」性が商機になる可能性もおおいにあるのではないかと酒井さんは言います。そして実は、北陸3県はその生活のしやすさから、複数の都道府県別幸福度調査で上位を占める「幸福」な県なのです。

物心両面で明るさを追い求める日本人が、過剰な情報、過剰なコミュニケーションに疲れたとき、この本は「裏」のもつ居心地の良さと幸福の価値に気づかせてくれるのです。
裏が、幸せ。
酒井 順子 (著)
小学館 (2015)
これからの日本で輝くのは「控えめだけれど、豊かで強靱な」日本海側です。「裏」の魅力満載の、現代版『陰翳礼讃』。 出典:amazon
profile
橋本 信子
同志社大学嘱託講師/関西大学非常勤講師

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。同志社大学嘱託講師、関西大学非常勤講師。政治学、ロシア東欧地域研究等を担当。2011~18年度は、大阪商業大学、流通科学大学において、初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発に従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら

OtherBook

信子先生のおすすめの一冊

たかがおみやげ、されどおみやげ

おみやげと鉄道(鈴木勇一郎)

信子先生のおすすめの一冊

誠意と忍耐の大煙突

ある町の高い煙突(新田次郎)

信子先生のおすすめの一冊

そこに行けば誰かがいて会話を楽しめる…

サードプレイス(レイ・オルデンバーグ) 




@kansaiwoman

参加者募集中
イベント&セミナー一覧
関西ウーマンたちの
コラム一覧
BookReview
千波留の本棚
チェリスト植木美帆の
[心に響く本]
橋本信子先生の
[おすすめの一冊]
絵本専門士 谷津いくこの
[大人も楽しめる洋書の絵本]
小さな絵本屋さんRiRE
[女性におすすめの絵本]
手紙を書こう!
『おてがみぃと』
本好きトークの会
『ブックカフェ』
絵本好きトークの会
『絵本カフェ』
手紙の小箱
海外暮らしの関西ウーマン(メキシコ)
海外暮らしの関西ウーマン(台湾)
海外暮らしの関西ウーマン(イタリア)
関西の企業で働く
「キャリア女性インタビュー」
関西ウーマンインタビュー
(社会事業家編)
関西ウーマンインタビュー
(ドクター編)
関西ウーマンインタビュー
(女性経営者編)
関西ウーマンインタビュー
(アカデミック編)
関西ウーマンインタビュー
(女性士業編)
関西ウーマンインタビュー
(農業編)
関西ウーマンインタビュー
(アーティスト編)
関西ウーマンインタビュー
(美術・芸術編)
関西ウーマンインタビュー
(ものづくり職人編)
関西ウーマンインタビュー
(クリエイター編)
関西ウーマンインタビュー
(女性起業家編)
関西ウーマンインタビュー
(作家編)
関西ウーマンインタビュー
(リトルプレス発行人編)
関西ウーマンインタビュー
(寺社仏閣編)
関西ウーマンインタビュー
(スポーツ編)
関西ウーマンインタビュー
(学芸員編)
先輩ウーマンインタビュー
お教室&レッスン
先生インタビュー
「私のサロン」
オーナーインタビュー
「私のお店」
オーナーインタビュー
なかむらのり子の
関西の舞台芸術を彩る女性たち
なかむらのり子の
関西マスコミ・広報女史インタビュー
中村純の出会った
関西出版界に生きる女性たち
中島未月の
関西・祈りをめぐる物語
まえだ真悠子の
関西のウェディング業界で輝く女性たち
シネマカフェ
知りたかった健康のお話
『こころカラダ茶論』
取材&執筆にチャレンジ
「わたし企画」募集
関西女性のブログ
最新記事一覧
instagram
facebook
関西ウーマン
PRO検索

■ご利用ガイド




HOME