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裏が、幸せ。(酒井順子)


裏が、幸せ。
酒井 順子 (著)
出版社:小学館 (2015)【内容情報】(「BOOK」データベースより)これからの日本で輝くのは「控えめだけれど、豊かで強靱な」日本海側です。「裏」の魅力満載の、現代版『陰翳礼讃』。(出典:amazon
酒井順子さんと言えば「30代以上・未婚・子ナシ」女性を鋭く観察して話題を呼んだ『負け犬の遠吠え』が有名ですが、本書は「裏日本」と言われる日本海側の地方の魅力をさまざまな側面からユーモアを交えて語る一冊です。

裏日本という言い方は近代以前には存在しませんでした。というのも、この地域は、江戸時代は海運や農業が盛んで経済的にも文化的にも豊かだったからです。

ところが明治以降、交通の主役が船から鉄道になると、鉄道が敷設された太平洋側の都市ばかりが栄えるようになりました。そして日本海側は人や資源を提供する「後背地」的な位置づけがなされ、地理学の分野で裏日本と呼ばれるようになります。

やがて一般にもその呼称が使われるようになりますが、そこには「遅れている」という意味が付されるようになります。そして1970年代には差別的な表現だとして、ほとんど使われなくなりました。

東京で生まれ育った酒井さんは、取材や旅行で日本各地を回るなかで、絶景に感動した地方がすべて日本海側であること、ひっそりと輝く土地が日本海側にはたくさんあることに気づきました。そして「裏」性とも言える共通の魅力を見出すようになります。

それは本書の最初の章である「陰翳」に象徴されるといっていいでしょう。例えば、能登や金沢の民家にある金箔を施した巨大な仏壇は目映いばかりの光を放ちます。これが陽光たっぷりの白っぽい家屋にあると悪趣味に見えるかもしれない。でも、この地方の漆塗りの建具に囲まれたうす暗くて広い家屋の中では黒と金のコントラストが映えるのです。まさに谷崎潤一郎が讃えた『陰翳礼賛』の世界です。

そんな「陰翳」を含んだ裏日本ならではの魅力を、酒井さんは、民藝、演歌、仏教、神道、美人、流刑、盆踊り、田中角栄、鉄道といった切り口で紹介していきます。

私が特に印象深く感じたのは、文学をとりあげた章です。高橋治『風の盆恋歌』、川端康成『雪国』や泉鏡花などの小説が紹介されているのですが、そこに登場する北陸の女性や情景はしっとりとしていて、はかなげで、しかし強さを秘めています。酒井さんの文章もまた美しく流れるようで、小説の舞台に足を運びたくなります。

同じ文学でも、水上勉を取り上げている章は少し趣が違います。水上は福井の貧しい家に生まれ、口減らしのために京都の寺に小僧に出されました。故郷の母は腰まで浸かるような泥の田で日がな働いているのに、京都の住職夫婦はごちそうを食べている。それを一口もわけてもらえない水上少年。「若狭は京都にかしずいて」いるという表と裏の関係を痛烈に体験します。

水上の故郷にはのちに大飯原発が建ちます。ここでも原発を誘致せねば道路一つつかないという「裏」の若狭と、そこで作られた電気を消費する京都・大阪という「表」の構図が見られます。水上は1986年のチェルノブイリ原発事故以降、電気をどんどん使って文明を発展させていく以外の道を進まなくてはならないのではないかと問題提起し続けます。

今も若狭の原発のない半島には細い悪路しかありません。が、その不便さゆえ開発されずに残る美しさがあり、それが遠方からはるばるやってくる人たちの旅情をかきたてることにもなりうるという土地の人に話に酒井さんは光明を見出します。

派手か地味かといえば地味だが、それが経済性と結びつかないわけではない。東日本大震災のあと、「発展し続けることが良いことだ」という雰囲気ではなくなった今だからこそ、「裏」性が商機になる可能性もおおいにあるのではないかと酒井さんは言います。そして実は、北陸3県はその生活のしやすさから、複数の都道府県別幸福度調査で上位を占める「幸福」な県なのです。

物心両面で明るさを追い求める日本人が、過剰な情報、過剰なコミュニケーションに疲れたとき、この本は「裏」のもつ居心地の良さと幸福の価値に気づかせてくれるのです。

橋本 信子
流通科学大学 商学部 特任准教授
同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程を出て、2003年同志社大学にて嘱託講師、2011年から大阪商業大学、2015年4月から流通科学大学で初年次教育の専任教員として勤務。研究分野はロシア東欧地域研究
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/ Facebook:nobuko.hashimoto.566
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