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旅行者の朝食(米原万里)

コイとハルヴァと少女と私

旅行者の朝食
米原万里(著)
昨年のクリスマス前に、「霞ケ浦産コイ 食べてすてきな恋を…県庁の食堂で料理提供」というニュースを目にしました(毎日新聞2016/12/21)。

養殖コイの生産量で全国一(年間約1000トン)を誇る茨城県では、チェコ人がクリスマスに食べるコイ料理を提供し、「コイを食べてクリスマスにすてきな恋を」と呼びかけたという記事でした。

チェコの人びとにとって、コイ料理は特別な存在です。ヴェラ・ギッシングさんの『キンダートランスポートの少女』(未来社 2008)にもクリスマスのコイ料理の話が出てきます。

「卵とパン粉でくるんで調理された」コイに「濃厚なマヨネーズソースであえたサラダとワイン」を添えたクリスマス料理は家族中の楽しみだったようです。

でも、彼女自身は一度も食べませんでした。彼女の家では、市場から持って帰ったコイをしばらくお風呂で生かしておいて新鮮な状態で調理したのですが、料理になって出される頃には、コイは彼女の「ペットとか友だちという存在になっていた」からです。

10歳でナチスドイツの迫害を逃れるため、両親と別れてイギリスに疎開したヴェラさんにとっては、チェコのクリスマスの光景は大切な大切な思い出でした。

さて、『旅行者の朝食』の著者米原万里さん(故人)は、ロシア語通訳、エッセイストとして活躍されましたが、少女時代をチェコスロヴァキア(当時)のプラハで過ごしました。本書にもクリスマスのコイ料理の話が登場します。
"十二月に入ると、プラハの街のあちこちに、露店が出た。露店の台には所狭しと樅の木や玄関に飾るリースが積み上げられる。露台の傍らには大きな樽に水が湛えられている。

客の注文に応じて、店員が樽に両手を突っ込んで黒っぽい魚を取り出し、暴れて水しぶきを振りまくそれをまな板の上に載せると、巨大な金槌で脳天をたたく。魚は、鯉。クリスマスイブに、海のない国、チェコの人々は、鯉を食べる。

フライにして食べるのだが、これが非常に泥臭い。それでも、毎年、チェコの人々は、イブの夜には、まずそうな顔をしながらも鯉のフライを食べる。イブに肉を食べてはならないからだ。"
少女時代の米原さんには、コイ料理は口に合わなかったようです。

今年の8月初旬にリトアニアに行きました。旅のお供に、読みかけだった米原さんのこの本を持っていきました。寝る前にちびちびと読んでいると、「ハルヴァ」という、なんだか魅力的な、謎めいたお菓子の話が出てきました。

小学生だった米原さんたちは、ロシア人同級生からこのお菓子を一口ずつ食べさせてもらい、そのおいしさに感動します。以来、その味を求め続けますが、なかなか同じ味に出会えません。

ハルヴァとは一体どこの発祥なのか、どうやったらあの絶品の味や食感が出せるのか、米原さんは探し求めました。そしてついに友人のギリシャ土産でもう一度だけ巡り合えたのでした。

このエッセーを読んだ翌日か翌々日くらいに、パネリアイという小さな村に行きました。帰りの電車まで時間があったので、スーパーに入ったところ、入り口付近に小さなお菓子がたくさん積まれています。なんとなく気になって、よく見ると、「Халва」と書いてあるではありませんか。

「ハルヴァ! 米原さんの本に出ていたハルヴァ!」と思わず口に出してしまいました。ウクライナ製のそれを2つ購入し、ホテルに戻ってから、居住まいを正して、うやうやしく食してみました。

ううむ、、、これは米原さんが「こんなもんじゃない!」と小声で叫んだ部類だな。いや、香りはいいし、決してまずいわけではないのですが、すごく甘くて、口の中の水分が奪われていくような。

なんとなく懐かしい、昔っぽい感じのお菓子です。もう一つを食べた家族の感想はというと、沖縄の「ちんすこう」のあまりおいしくないやつみたい? とのことでした。

米原さんが巡り合えたという絶品のハルヴァは一体どんな味だったのでしょう。なんだか絶品ハルヴァが食べたくなってきました。それからチェコのコイ料理も。
旅行者の朝食
米原万里(著)
文藝春秋
「ツバキ姫」との異名をとる著者(水分なしでもパサパサのサンドイッチをあっという間に食べられるという特技のために)が、古今東西、おもにロシアのヘンテコな食べ物について薀蓄を傾けるグルメ・エッセイ集。「生きるために食べるのではなく、食べるためにこそ生きる」をモットーに美味珍味を探索する。 出典:amazon

橋本 信子
流通科学大学 商学部 特任准教授

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程を出て、2003年同志社大学にて嘱託講師、2011年から大阪商業大学、2015年4月から流通科学大学で初年次教育の専任教員として勤務。研究分野はロシア東欧地域研究
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら

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