恋文の技術(森見登美彦)
手紙ってステキ。もっともっと手紙が好きになる 恋文の技術
森見登美彦(著) 私がパーソナリティを担当している大阪府箕面市のコミュニティFMみのおエフエムの「デイライトタッキー」。その中の「図書館だより」では週に一度、箕面市立図書館の司書さんが選んだ本をご紹介しています。
今回ご紹介するのは、森見登美彦さんの『恋文の技術』。 森見登美彦さんが、ハウツー本を書かれたのか?!そう早とちりするタイトルでした。 でも全然違いました。 『恋文の技術』は全編書簡形式。しかも往復ではなく、主人公がいろいろな人に出した、一方通行の書簡です。主人公は大学院生。はっきりとは書かれていませんが、地名などからおそらく京都大学の大学院生と思われます。 主人公はくらげの研究のため、石川県にある実験所に「無理やり行かされ」、能登半島の根っこにある七尾に下宿しています。 くらげ相手の実験に明け暮れる毎日。実験もレポートもはかどらず、研究所の責任者には脅され(?)、京都への恋しさを慰めてくれるのは水族館のイルカだけ。 そんな彼が手紙を書く相手は、京都の大学に残っている先輩や後輩、京都にいた時に家庭教師をしていた教え子(小学生)、そして作家の森見登美彦。 彼は恋文のエキスパートになるため、手紙を書いて書いて書きまくって腕を上げ、将来は恋文の技術を伝授して金儲けしてやろうと、わけのわからないことを夢見ております。 ここに手紙の内容をツラツラ書くことはしますまい。森見登美彦さんのユーモアを含んだ「手紙」を、是非ご自身で読んでいただきたいのです。 私が印象に残ったのは主人公が過ごす石川県のこと。まず私が反応したのは羽咋という地名でした。研究に行き詰まった主人公が、気晴らしのために出かける場所の一つが羽咋市。UFOの名所だということで紹介されます。 私は30年以上前に一度だけ羽咋市に行ったことがあります。職場の同僚が嫁ぎ、披露宴にお招きいただいたのです。今のように『ゼクシィ』なんかない時代。披露宴にはそれぞれの土地の特徴が色濃く出ていました。 その時の披露宴で一番印象に残っているのが大盃です。 直径40センチはあろうかという大きな盃の中に、焼いた鯛が一匹どーん。 そこに燗の日本酒がなみなみと注がれているのです。 日本酒は苦手だけど、その香りの良さといったら!! 披露宴会場に運び込まれただけで、オオッとどよめきが起こりました。 「で、それをどうするの?」と思ったら、招待客が順番にまわし飲みすると言うではないですか!大茶会みたいな感じですね。 私たちは新婦側の主賓ということで最上座に座っていました。 しかも私が一番端にいたので、その大盃の最初の一口を私がいただくことに。 目の前に運ばれてくると、予想以上の迫力です。 朱塗りの盃に並々と日本酒の海。 そこに横たわる塩鯛の美しさも素晴らしい。 でも、私がその時何を思ったかおわかりになります? 「重そう。絶対持ち上げられない……持ち上げられたとしても、飲むまで持ちこたえられず、こぼすに決まっている。どうしよう」 しかしおめでたい席で躊躇している場合ではありません。横綱が優勝したときに飲み干すような大盃(しかも鯛入り)の下に手を差し入れ、持ち上げようとしたけれど、腕がプルプルするばかり。 重い! 案の定持ち上げられません。 すると男性が二人走ってきてくれて、左右から盃を持ってくださり、私が飲めるように傾けてくださいました。 その息の合っていること。 傾け方の絶妙なこと。 おかげさまで私はこぼさず一口いただけました。 飲んでびっくり。 「おいしい!!!!!」 私は日本酒が大の苦手。でもあの時に飲んだ、鯛の風味とちょっぴりの塩味が入ったお酒のおいしさは忘れられません。 輝くほどに美しかった新郎新婦の姿とともに素晴らしい思い出として残っています。 ああ、羽咋市!! もう一つ記憶を呼び覚まされた地名は「恋路海岸」。 とてもロマンチックなこの海岸の名前をタイトルにしたドラマが1979年に放送されました。 主演は林隆三と真野響子。 当時高校生だった私は林隆三さんが大好きで、おまけに真野響子さんも好き。 ということで毎週楽しみに見ていたのに、ある時母がたまたまドラマのオープニング時に通りかかり、『恋路海岸』というタイトルを見て何を勘違いしたのか、「何 ませたもの見てるの」と無情にも電源をブチっと消しちゃったのです。 「え〜!!そんなヤラシイ話じゃないのに……」 そんなことで、私はこのドラマの結末を知りません。テーマ曲は今でも歌えますけどね。 それにしても、メールだLINEだという時代に、なぜ森見登美彦さんは書簡形式の小説を書いたのかしら?その答えは最後の方に出てきました。 「手紙」とは、書いている時だけではなく、ポストまで行く道のりや、返事を待つまでの長い時間まで全てを含むものだ、と。 それはとても豊かな時間ですね。 私は便箋や切手を選ぶことも手紙の楽しみに含まれると思うナ。 これまでも「手紙」は好きでしたが、もっともっと手紙が好きになりました。 そして石川県に行きたくなりましたよ。 主人公がしょっちゅう食べている「天狗ハム」。 いつか石川県に行ったら絶対に食べるぞ!! 恋文の技術
森見登美彦(著)ポプラ社 京都の大学院から、遠く離れた実験所に飛ばされた男が一人。無聊を慰めるべく、文通修業と称して京都に住むかつての仲間たちに手紙を書きまくる。文中で友人の恋の相談に乗り、妹に説教を垂れるが、本当に想いを届けたい相手への手紙は、いつまでも書けずにいるのだった。出典:楽天 池田 千波留
パーソナリティ・ライター コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。 BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」 パーソナリティ千波留の『読書ダイアリー』 |
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