嫌な女(桂望実)
ちらっと思い浮かべてしまう身近にいるイヤな女の顔 嫌な女
桂 望実(著) タイトルを見た瞬間、ちらっとどなたかの顔を思い浮かべるかたもいらっしゃるかもしれません。現実に身近にいるイヤな女の顔をね。
”主人公は石田徹子。大学四年生の時に司法試験に一発合格。司法修習生の最年少で、最終試験では一番の成績を収める。しかし法の平等を護るべき弁護士の世界なのに「女性の一番」はなかなか受け入れられず、結局は大学教授のつてで、こじんまりした弁護士事務所のイソ弁(居候弁護士)として働き始めて2週間。初めて一人で担当することになったのは小谷夏子からの依頼だった。
夏子と徹子は遠縁にあたる。子供のころ数回会ったことがあるだけだが、徹子は夏子のことをはっきりと覚えている。幼い二人にお揃いのワンピースがプレゼントされた翌日、徹子のワンピースがとんでもないことになっているのを発見されたのだ。犯人は夏子で、ひどいことをした理由を「私の方が似合うのに」と言った、その日のことを徹子は鮮やかに覚えているというわけだ。 夏子は結婚詐欺の疑いで訴えられかけていて、弁護を頼んできた。もちろん徹子が自分の遠縁だと分かった上で。新米弁護士の徹子は、事務所の所長である萩原から聞いた、「弁護士として一番大切なこと」を守りながら案件に当たっていく。 関係者の話をていねいに拾っていくことで、徹子には見えてくるものがあった。それは「夏子はあの日から変わっていない」ということ。しかし、依頼人の利益を尊重するのが弁護士の仕事。徹子は弁護士としての一歩を踏み出すのだった。そしてその後も数年おきに夏子からの依頼が来る。その都度 感心するような詐欺事件で……” おそらく嫌な女=夏子と思って差し支えないと思います。ええ、幼少期のエピソードだけでも、十分嫌な女なのです、夏子は。
しかも、おとなになって再会してみたら、詐欺の疑いで訴えられかけていると。それを弁護しなきゃならんとは、まぁなんてことでしょう。 この小説は八つの章から成り立っています。数年ごとに夏子が起こす「事件」を徹子が弁護士として処理していくお話。 第一章の結婚詐欺はわりとよく聞くお話ですが、中には「こんな手口の詐欺があるのか!」とびっくりしたり呆れたりする詐欺話のオンパレード。 夏子にはどうやら根っからの詐欺師の血が流れているようで、そのたくましさに、思わず天晴れと言いたくなる時もあります。また、夏子が起こす詐欺事件が、その時代を反映しているのも面白かったです。 また、依頼を受けた弁護士が、どのような調査を行って、どのように解決していくのか、そのあたりが非常に興味深いです。 弁護士といえば法廷でとうとうとしゃべるイメージが強いけれど、この小説を読んでいると、むしろ相手からうまく話を聞きだす「聞く」能力が必要な職業なのだなと思いました。 世の中には「悪徳弁護士」と呼ばれても仕方がない人もいるでしょうが、徹子が所属した事務所の所長 萩原道哉はお金儲けよりも、依頼人の満足を第一に考える良心的な弁護士さん。 普通の人が裁判を起こす時って、損得だけではない、誇りを傷つけられた場合が多いんですってね。依頼人は裁判の勝ち負けで満足するわけではなく、裁判に負けても満足する場合もある、といった内容の発言には深く納得できました。 萩原所長の人徳か、この事務所には素晴らしい人物が集まっていて、その代表が事務を担当する みゆきさん。みゆきさんは非常にバランスのとれた人物である上に、観察眼があり、推理力もある。 彼女との雑談からヒントを得ることも多く、萩原所長も徹子も一目おいています。もう一人、泣き虫のイソ弁 磯崎賢。若いのに気配りができ、素直です。 私は荻原弁護士事務所の全員が好きだけど、主人公徹子には特に共感できる点が多かったです。その最大のポイントは文房具フェチであること。 第一章そうそうに「あれ?」と思ったんですよ。徹子がかばんからモレスキンを取り出すシーンで。普通の小説ではわざわざモレスキンとは書かないでしょう?「手帳を取り出した」くらいで。 ところがモレスキン。その後も、コクヨのキャンパスノートだとか、ビックの多色ボールペンだとか、フローティングアクションのボールペンといった具体的に形状や色を想像できる文房具がどんどん登場し、徹子が幼い頃からの文房具好きだと明かされるのです。これで一気に徹子さんが身近になりましたわ。 さて徹子が主人公なら、裏の主人公である夏子はどうか。 タイトルの通り嫌な女だったかというと、私の感想としては、読み終わった時には全然嫌な女とは思えなくなっていました。人間嫌な部分ばかりではない、ということでしょう。 夏子だけではなく、人間は表もあれば裏もあり、いつもいつも本心を語っているわけでもない。心にたくさんのひだを持っているのだと弁護士 徹子の仕事を通じて読者に訴えてくるものがありました。 特に、夏子の対応をしていて引き受けることになった「遺言書作成」は、徹子のライフワークのようになるのですが、遺言書をつくる人たち、受け取る人たちのお話には胸を打たれ、磯崎君じゃないけれど泣きますね。 この小説、とても読みやすくて面白いです。詐欺事件や夏子のことだけではなく、人の一生についてもいろいろ考えさせられます。ぜひお読みになって! ところで一つ気になったことがあります。それは年代のこと。 第一章の中で、徹子が開いたモレスキンのページの日付は「昭和53年4月17日」。このとき、徹子は多分24歳なのですね。次に夏子から依頼が来る第二章が29歳のとき。 以後、年齢を拾ってみると、第三章 36歳、第四章 40歳、第五章 47歳、第六章 56歳、第七章 65歳(?)第八章 71歳、となります。 昭和53年は1978年だから、そこから計算してみると、徹子が71歳になっているのは2025年ということになりませんか?第八章は未来の話なん?そこだけが気になって気になって。 ところで、非常にドラマに向いていると思われるこの小説、すでにドラマ化も映画化もされていたのですね。ただ、キャストを見るとどちらも夏子役が私のイメージに合わないの。ドラマは鈴木保奈美で、映画は木村佳乃。 ちがうわ〜。夏子はいわゆる美人ではないけど魅力的と書かれているし、性格がもっとがめつい感じなのに。 ドラマをご覧にならずに小説を読まれる方は、ご自分なりの徹子と夏子を想定して読まれると、面白さが倍増すると思いますヨ。 嫌な女
桂 望実(著) 光文社 初対面の相手でも、たちまちするりとその懐に入ってしまう。小谷夏子は男をその気にさせる天才だ。彼女との未来を夢見た男は、いつの間にか自らお金を出してしまうのだ。そんな生来の詐欺師を遠縁に持つ弁護士・石田徹子は、夏子がトラブルを起こすたび、解決に引っぱり出されるのだが…。対照的な二人の女性の人生を鮮やかに描き出し、豊かな感動をよぶ傑作長編。 出典:楽天 池田 千波留
パーソナリティ・ライター コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、ナレーション、アナウンス、 そしてライターとさまざまな形でいろいろな情報を発信しています。 BROG:「茶々吉24時ー着物と歌劇とわんにゃんとー」 パーソナリティ千波留の『読書ダイアリー』 |
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