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車輪の下(ヘルマン・ヘッセ)

幸せと不幸。車輪の下は紙一重

車輪の下
ヘルマン・ヘッセ(著)
これは小学生のころ、今は亡き母が贈ってくれた本です。

当時あまり気が進まず、長い間本棚の片隅にありました。

先日、なぜかふと手に取り読んでみようという気持ちになったのです。

物語の主人公はハンスという少年。

幼い時に母親を亡くし、父親と2人、南ドイツの小さな町で暮らしています。

成績優秀で学校からも期待され、当時のエリートコースである、

神学校を受験することになります。

(本文より)
ハンス・ギーベンラートの天分については疑う余地がなかった。先生たちも、校長も、近所の人たちも、町の牧師も、同級生も、みんなこの少年が鋭敏な頭の持ち主で、とにかく特別な存在であることを認めていた。

それで彼の将来ははっきりきまっていた。というのは、シュワーベンの国では、天分のある子どもにとっては、両親が金持ちでないかぎり、ただ一つのせまい道があるきりだったからである。

それは、州の試験を受けて神学校にはいり、つぎにチュービンゲン大学に進んで、それから牧師か教師になる、という道だった。
頑張って合格し、神学校の制服を着た自分を見せつけたい!

そしてこの町を出て、新しい生活を送るんだ!

目標のために睡眠を削って猛勉強しますが、同時に、失敗したらどうなるんだろう、との不安からか頭痛に悩まされます。

そんな中、試験の朝はやってきました。

受験者は180人で、合格できるのは36人。

会場に集まった少年たちは皆、優秀そうに見えます。

予想通りの難問に悪戦苦闘。

一番恐れていた口頭試問では、遂に失敗してしまいます。

(本文より)
最後に試験官は、ギリシャ語の不規則な過去形を一つきいた。

ハンスは答えなかった。

「行ってもよろしい。あっちの右の入り口から。」

彼は歩きだしたが、戸ぐちで過去形を思い出した。彼は立ち止まった。

「外へ出なさい。」と、試験官はどなった。

「外へ出なさい。それとも気分でも悪いのかい?」

「そうじゃありません、さっきの過去形をいま思い出したのです。」

彼はへやの中に向かって過去形を大声でいった。

先生たちのひとりが笑うのを見て、彼は燃えるような頭をかかえながら外にかけ出した。
子どもながらに精一杯の行動をとったハンスがかわいらしくて、試験官と同じようにクスッと笑ってしまいました。

でも、小学生の時にこの本を読んでいたら、ハンスと自分を重ねて、震えるような気持ちだったでしょう。

合格を目標に努力してきたハンスは、「これで人生が終わった」と絶望的な気分で故郷に帰り、聞きたくもない結果を待ちます。

(本文より)
午後二時に教室に行くと、受け持ちの先生が先に来ていた。

「ハンス・ギーベンラート。」と、先生は大声で呼んだ。

ハンスは前に進み出た。先生は手を出した。

「おめでとう。ギーベンラート。おまえは州の試験に二番で通ったんだよ。」…

少年は、意外さと、うれしさにまったくこわばっていた。
予想外の合格でした。

皆にお祝いされ、親元を離れての寮生活が始まります。

しかし今度は、神学校で一番にならなくては…とますます追い込み、精神的バランスを失っていくのです。

「疲れきってしまわないようにすることだね。そうでないと、車輪の下じきになるからね。」

神学校の校長先生がハンスの手を取って言った言葉です。

これを読んで、まるで天国から母が自身に投げ掛けてくれたように感じました。

しかし、ハンスには届いたかどうかは分かりません。

なぜならこの後、神経衰弱となり悲しい結末を迎えるからです。

シューベルトの弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」は、ハンスの苦悩と重なるような、まさに生と死が共存した作品です。

31歳の若さで世を去ったシューベルトですが、この曲は亡くなる2年前、病を患い、死と向き合いながら書きました。

学生時代、この曲を勉強したことがありますが、ただただ譜面上の音を形にするのに精一杯でした。

死の恐怖と、それを受け入れるような神々しい美しさが次々と顔を出し、振り回されるような感覚だったのを覚えています。

幸せと不幸せ、天国と地獄…、対照的に思われることが隣り合わせで、車輪の下は紙一重なのかもしれません。

死を意識すると世界が違って見えるのか。

この1冊に出会い、シューベルトの音楽に近づけたような感じがしました。
シューベルト:弦楽四重奏曲《死と乙女》
アルバン・ベルク四重奏団
車輪の下
ヘルマン・ヘッセ(著)
高橋健二(訳)
新潮社(1951)
ひたむきな自然児であるだけに傷つきやすい少年ハンスは、周囲の人々の期待にこたえようとひたすら勉強にうちこみ、神学校の入学試験に通った。だが、そこでの生活は少年の心を踏みにじる規則ずくめなものだった。少年らしい反抗に駆りたてられた彼は、学校を去って見習い工として出なおそうとする…。子どもの心と生活とを自らの文学のふるさととするヘッセの代表的自伝小説である。 出典:amazon
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植木 美帆
チェリスト

兵庫県出身。チェリスト。大阪音楽大学音楽学部卒業。同大学教育助手を経てドイツ、ミュンヘンに留学。帰国後は演奏活動と共に、大阪音楽大学音楽院の講師として後進の指導にあたっている。「クラシックをより身近に!」との思いより、自らの言葉で語りかけるコンサートは多くの反響を呼んでいる。
Ave Maria
Favorite Cello Collection

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