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一路(浅田次郎)

一路
浅田次郎(著)
出版社:中央公論新社(2013)【内容情報】(「BOOK」データベースより)小野寺一路、十九歳。父の不虜の死を受け、御供頭を継いだ若者は、家伝の「行軍録」を唯一の手がかりに、江戸への参勤行列を差配する。いざ、江戸見参の道中へ―。(出典:amazon
常々思うことですが、浅田次郎さんは天才ですね。
決して少なくない作品の数々。
そのどれを読んでも、ハズレがない。
そして、それぞれの作品は、
数ページめくると笑いが、そのあとに涙が、
何度もなんども寄せてくるのです。

ただ、それゆえに浅田次郎作品は読む場所を選びます。

あれは25年ほど前のこと。
突発性難聴で入院した私。
耳以外はいたって健康。
入院中暇で暇で仕方がなく、
読書三昧の毎日でした。
耳がどうなるんだろうという心配以外は
まさにパラダイスでした。

当時私が入院していたのは6人の大部屋。
朝の検温と、食事が済んだら、さぁ読書タイムです。
間仕切りのカーテンをベッドの周りに巡らしたら
本の世界に没頭。

「ああ、この本、なんて面白いんだろ」
そう思いながら一心不乱に読んでいたら、
カーテンがおずおずと開かれました。

何?!誰?!私の読書の邪魔をするのは?!
見れば、同室の人たちがカーテンの隙間から顔を出し、
「いったい、何を読んでいるの??」と
問いかけてくるではありませんか。

私は黙って本の背表紙を見せましたわよ。
浅田次郎『プリズンホテル 夏』

重ねて相部屋の人たちが質問してきました。
「それ、そんなに面白いの?」
「面白いですよ」
「そうなの。あんまりケラケラケラケラ笑っているから
気になって気になって」

え?!
私声を出して笑ってたんですか?
ウソー!!

相部屋だから迷惑になってはいけないと
我慢していたつもりだったのに。
我知らず声を立てて笑っていたらしい。
そして時には鼻をかんでいたらしい(泣いて鼻水が出ていた)。

恐るべし、浅田次郎!!
以来、公共の場で読んではいけない作家名簿の筆頭にしていたのに
うっかり『一路』はバスや電車の中で読んでしまい、
面白い時も、泣きそうな時も、奥歯をぐっと噛み締めて、
上下巻読了した時には歯が磨り減ったような気がします。
重ねて、恐るべし浅田次郎!

***
『一路』の主人公は小野寺一路。
桜田門外の変もすでに勃発したあと、
徳川家茂の代のお話。

江戸屋敷で生まれ育った一路は、
学業優秀・剣術の道にも秀でており、
父親はその才を伸ばしたいと、
引き続き一路を江戸で修行させていた。

ところが、あろうことか、国許の屋敷が出火し、
父親は焼死してしまう。
周囲に延焼しなかったのは幸いだったが、
火事の火元になった上、当主が亡くなるなど、
お家お取り潰しになってもおかしくない不始末。
しかし一路の家は代々 参勤交代を取り仕切るのが勤め。
普通の人には代わりがなかなか務まるものではない。
「不始末ではあるものの、後継 一路に参勤交代を仕切らせて、
その結果を見て沙汰を決めればいいのではないか」と
とりなしてくれる人もあり、一路は初めて国許に参上し、
参勤交代の御供頭を勤めることになる。

19歳にもなった一路には、
当然父親が、さまざまに申し送りをしていると周囲は思っていたが、
実際は違った。
一路の父親は、家督を譲るのはまだまだ先のことで、
息子には江戸で学問と剣の道に励んでいれば良いとして、
参勤交代の「いろは」も教えてはくれずに亡くなったのだ。

途方にくれる一路だったが、
実家の焼け跡から麗しい器に入った書物を見つける。
それは一路の先祖が残した、参勤交代の覚書だった。

徳川家康の時代の参勤交代のノウハウは、
古すぎて時代錯誤かもしれないが、
頼れるものはその書物のみ。
一路はそのまま実行しようと決意するのだった。
さて、一路は不始末なくお殿様を江戸へお連れできるのか?!
***

一路がお仕えするお殿様 蒔坂左京太夫の領地は田名部。
(架空の地名だそう)
そこから中山道を通って、お江戸日本橋まで行くわけです。
私は中山道にはとんと土地勘がありませんが、
なんだか知っているような気がするほど
道中の様子が詳細に描かれています。
また途中には難所がいくつかある上に、
途中から、お家騒動も絡んできて、
読者は二重三重にドキドキハラハラさせられることに。

本筋だけでも十分波乱万丈なのに、
要所要所に登場する脇役たちが、
物語に彩りを添えています。

たとえば、髪結新三。
歌舞伎などで有名な人物がこんなところに出てくるとは!と
ニヤッとしてしまいました。

『三国志』の赤兎馬じゃないけど、
人間以上に味わいのある馬も登場するし、
本人は大真面目なのに、はたから見ると滑稽な武士も多数登場。

いずれも良い味出していたけれど、
私が特に好きだったのは、
加賀百万石のお姫様 乙姫さま。
彼女が感極まったときに、
金の扇子を優雅に仰ぎながら
「アッバレ~アッパレ~」と声を上げる様子が
たまらなく良い!
いじらしいやら可愛らしいやら。
まるで映画を見ているかのように
脳裏に映像も浮かんでくるのですから、
浅田次郎さんはすごい。

一番すごいのは、
正義とは何か、誇りとは何か、など
本来真剣なテーマを笑いに包んで読者の前に差し出すことかも。

浅田次郎さんの作品の多くに共通するテーマ「親子」も
もちろん盛り込まれています。

泣いて笑ってじんとして。
上下巻あっという間に読める面白さでした。

ただ、下巻を閉じたときに思うんですよ。
このあと、歴史の渦に巻き込まれ、徳川幕府は倒れてしまうわけでしょ?
一路は、そしてあの人はこの人は、どんなふうに生きていくのだろうって。
ああ、切ない。
小説の中の人物だとわかっているのに、
こんなにもそれぞれの行く末が気になるのは、
登場人物がみんな小説の枠をはみ出して「生きて」いたからだわ。

ああ、やっぱり浅田次郎さんは天才だ。

池田 千波留
パーソナリティ・ライター

コミュニティエフエムのパーソナリティ、司会、
ナレーション、アナウンス、 そしてライターと、
さまざまな形でいろいろな情報を発信しています。
BLOG ⇒PROページ

著書:パーソナリティ千波留の読書ダイアリー
ヒトが好き、まちが好き、生きていることが好き。
だからすべてが詰まった本の世界はもっと好き。

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