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等伯(安部龍太郎)

表現者の本質に迫った、心に響く本

等伯
安部龍太郎(著)
豊臣秀吉や千利休が絶賛した、日本が誇る絵師・長谷川等伯(とうはく)(1539-1610)。

武家に生まれながらも、絵の才能を見込まれ11歳で染物屋・長谷川家の養子となります。

(本文より)
『信春(のぶはる・後の等伯)は三十三歳になり、絵仏師としてすでに一家をなしていた。日蓮宗に帰依し、寺におさめる仏画を専門に描くので、絵師ではなく絵仏師という特別な呼び方をされている。

その力量は能登ばかりか越中や加賀でも高く評価され、有力な寺から引きもきらずに注文が舞い込んでくる。何不自由ない恵まれた境遇だが、信春は満足していなかった。

このまま田舎の絵仏師で終わりたくない。花鳥図や山水画にも筆をそめ、今をときめく狩野永徳(かのうえいとく)と肩をならべるような絵師になりたい。そうした思いが胸の中にふつふつとたぎっている。

しかも人間五十年といわれた時代である。残された時間はそう多くないと感じるだけに、焦りは日に日に高まっていた。』
ある日、等伯不在の折、何者かに家が襲撃されます。

帰宅した目に映ったのは、変わり果てた義父母の姿でした。

浮かびあがる黒い影と疑念。

実家の奥村家とその反対勢力が何らかの形でかかわっているかもしれない…。

自責の念にかられながらも、京へ出る決心をします。

養子に入るまでの11年、武士としての生き方をたたき込まれた等伯。

物事の本質を見極めたいという絵師の性と、その身体に流れる武家の血が妻子とともに苦難の道を歩ませます。

妻の静子と幼い息子久蔵(きゅうぞう)を連れての長い旅。

比叡山では戦乱にあい、成り行きとは言え織田の手勢を打ちのめしてしまいます。

(本文より)
『十人ばかりの僧が、織田信忠(のぶただ)勢二十人ばかりに取り囲まれていた。…

輪の中に、三歳くらいの子供を抱いた長身の僧がいる。

…信春にはその子が久蔵に見えた。そうして信長軍のやり方に猛烈な怒りを覚えた。

こんなことを許してはならぬ。この子を見殺しにしたなら、人として生きる資格はない。

…信春は子供を抱いた僧を庇って立ちはだかり、長刀を受け取って大車輪にふり回した。

奥村家で鍛え抜いた、凄まじいばかりの腕前だった。』
やっとの思いで上洛、しかしこの一件で追われる身となった等伯は、名を変えて細々と絵を書き生活をつなぎます。

そんなある日、本法寺の住職・日堯上人(にちぎょうしょうにん)の肖像画を描いてほしいと依頼が舞い込みました。

当時、なによりも名誉ある仕事です。

(本文より)
『尊像とはただの肖像画ではない。描かれた姿を見て、僧の悟りがどこまで進んでいるか分るものでなければならなかった。

寺で修行する者たちは尊像に触れているうちに、先達の悟りの程度に忽然(こつぜん)と気付く。それは自分の悟りが、それを理解できるほどに進んだ証なのである。

自分の像がそうした道標(みちしるべ)になり、後進の者の踏み石になることを願って、日堯は信春(等伯)に尊像を描いてもらおうと決意したのだった。』
信長に勝ちたい。理不尽な暴挙に屈しない気高さを描きたい。

そんな思いで一心不乱に筆を動かします。

出来あがった肖像画に涙する日堯上人。

ありのままの自分を写している…。

それは日堯自身の悟りの限界までも如実に描いていたのです。

(本文より)
『それから五日後、五月十二日に日堯は黄泉(よみ)の客となった。辛く苦しい役目から解き放たれた安らかな死顔だった。』
この『日堯上人像』は重要文化財となりました。

己の弱さと葛藤しながらも仏の教えに支えられ、一つ一つ仕事を積み重ねついに狩野派との対決を向かえます…!

長谷川等伯、苦難の先に見えたものは何か。

その人生から、モーツァルトのレクイエムが聴こえてきます。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)はオーストリアのザルツブルクに生まれました。

神童として幼い頃からその才能を認められ、35年という短い生涯に約600もの秀作を残しています。

レクイエムと言うのは、死者の魂をなぐさめる音楽です。

モーツァルトは人生の最後にこの曲を作りました。

オーケストラの荘厳な調べにのせて歌われる鎮魂歌。

等伯の苦しみも涙も、すべてを包み浄化するようです。

迷う等伯に利休はこう言います。

(本文より)
『「わしには茶の湯の門、お前には絵師の門がある。門の外のことは仕方がないが、内側は自分の世界や。命をかけて守らんでどうする」

お前にその覚悟があるかと、利休は等伯の顔を真っ直ぐに見つめた。

「あります。絵と家族のためなら」

「そうか。そんだけ肝(はら)をすえとんのやったら、身内の死をあんまり気に病むな」

「身内と申されますと」

「静子さんと養父母どのや。みんな自分なりに懸命に生き、命をまっとうしてこの世を去られた。自分のせいで死なせてしもたなどと嘆くのは、その人たちの生き様を否定する思い上がりや」』
利休、最後の言葉でした。

志が高いものほど苦難の道を歩きつづけることができる。

その先はわからないが、歩きつづけることこそ人にできる唯一のこと。

絵の苦しみを悦ぶ、すがすがしい等伯の顔が浮かびます。

表現者の本質に迫った、心に響く本です。
レクイエム/モーツァルト
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ベーム(カール)
カール・ベーム指揮・ウィーンフィルのレクイエム、 歴史に残る名盤です。
等伯
安部龍太郎(著)
日本経済新聞出版社
「あなたの絵には真心がある」。養父母の非業の死により故郷を追われ、戦のただなかへ。激動の戦国の世と法華の教えが、画境を高みに誘う。長谷川「等伯」の誕生を骨太に描く傑作長篇。第148回(平成24年度上半期) 直木賞受賞作品 出典:amazon
profile
植木 美帆
チェリスト

兵庫県出身。チェリスト。大阪音楽大学音楽学部卒業。同大学教育助手を経てドイツ、ミュンヘンに留学。帰国後は演奏活動と共に、大阪音楽大学音楽院の講師として後進の指導にあたっている。「クラシックをより身近に!」との思いより、自らの言葉で語りかけるコンサートは多くの反響を呼んでいる。
Ave Maria
Favorite Cello Collection

チェリスト植木美帆のファーストアルバム。 クラッシックの名曲からジャズのスタンダードナンバーまで全10曲を収録。 深く響くチェロの音色がひとつの物語を紡ぎ出す。 これまでにないジャンルの枠を超えた魅力あふれる1枚。 ⇒Amazon
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BLOG:http://ameblo.jp/uekimiho/
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