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■先輩ウーマンインタビュー


金谷 千慧子さん(NPO法人 女性と仕事研究所 相談役)

 
金谷 千慧子さん 特定非営利活動法人 女性と仕事研究所 相談役
元女性と仕事研究所代表理事、中央大学能力開発研究機構教授、大阪府東大阪市立男女共同参画センターディレクター、 各種審議会委員、関西大学 講師などを歴任。 専門は労働法、労働経済、女性学。 職業能力開発、NPO、起業、パート労働など女性と仕事に関わる調査、研究、政策提言を中心に活動中。 著書は「企業を変える女性のキャリア・マネージメント」「未来社会をつくる女性の経営マネージメント」(いずれも中央大学出版部)ほか多数。
特定非営利活動法人 女性と仕事研究所 HP:http://www.women-work.org/
大阪市北区堂島浜1-4-17 田中ビル4F TEL:06-6341-3516
この30年『女性と仕事』を見つめてこられました。その軸となるものは何でしたか
女性は働いてお金を儲けることができない、自立できないというのが、少し前までの社会でした。今でも女性がベールを被っている国はそうですね。サウジアラビアなどは、ベールを被らないと外に出られない、教育も受けられない、参政権もありません。女性が新しい時代を生きるということは、自分の足で立ち、自分の食いぶちは自分で稼ぐこと。私たち戦後を生きた人間にとって、やっぱり仕事をして生きることが最も重要でした。

私の父は、母向かって「誰が食わせてやってるんや」と平気で言い、私には「良いところに嫁に行け」と言っていました。考えるきっかけはやっぱり自分の家でした。女性が仕事を持って生きる新しい社会の実現を成し遂げることが私たちの役目だ、もう前の時代に戻るのは嫌だ、という気持ちがありましたね。

私は小さい頃からいろんな職業に就きたいと思ってきました。田舎なので星がきれいだったから天文学者になりたいとか、作文が上手かったので作家もいいなとか、詩人もいいな、演劇人もいいなとか思っていました。仕事せず「奥さん」になるという発想は、考えられなかったですね。
当時はそういったロールモデルがいたのですか
いいえ、仕事をする女性といえば教師ぐらいしかありませんでした。女性の作家もほとんどいませんでしたし、女性を描く小説は、色街に売られてそのあとの男女の関係を綿々とつづるみたいなものばかり。私はそんな女にはなりたくない。ならどんな小説を書けば良いんだろう・・と悩んだりね。ロールモデル無き時代を生きてきたように思います。

高等学校のころになると、親はやっぱり、お行儀良くしろとかお茶やお花を習えと言う。自分の両親を見ていても、そんなに悪口を言うなら離婚したらいいのにと思うけど、それはできないらしいし。当時は、女性の勤続年数も短くて、結婚退職は当たり前でしたから、企業に勤めるという選択肢は私には無かったです。

そうした限定した中で考えていましたから、自分で食べていける道は教師しかないんだと思いました。裕福でない家の娘は私学なんて絶対に行かせてもらえないわけですから、数学嫌いな私はもうノイローゼになりそうになりながら(国公立は7科目)、それでも大学へ行きたい、仕事を持ちたい、仕事を持たないとあかんねん、という思いで頑張りましたね。

法学部に行ったのですが、そこでも女子は160人中女の子は3人と少なかったです。入学当時は前途揚々でしたけれど、結局司法試験がなかなか合格できませんでしたし、大学院に行くと大学の教師の道はもう、男性の社会で非常に厳しいんです。ここでも女性はなかなかやりたい仕事に就けないんだと思いました。そこからずっと非常勤です。大学でいうところの、非常勤という名のパートタイマーですね。

そうこうしているうちに、国際女性年と言われた1975年、世界的な女性解放の動きがアメリカで起きてくるわけです。女性の平等・開発・平和への貢献といったスローガンが出てきて、「女性も自立せよ」といってウーマンリブとも連動して、瞬く間に国連を通して世界中に広がっていきました。ヒラリークリントンもリブ運動をしていた頃で、彼女は高校生の頃から闘士だったそうですよ。

70年代はアメリカでは、かなりの運動が定着していましたし、その後ヨーロッパに広がり、アフリカやアジアも巻き込んで、1976‐1985 年を国連女性の 10 年とする動きになっていきました。私もその波に飲まれていくわけです。
その頃の日本ではどうだったのですか
その頃の日本では、リブというのはピンクヘルメットを被った過激派だとか、ピルを欲しがる性的にふしだらな女性だとか、そんなイメージがメディアによって非常に歪曲化されていましたね。

日本はそんなレッテルを貼るのが上手いというか、貼られたその人たちを見限るとか、そうした土壌があったのかもしれませんが、日本ではそこで、ぽしゃってしまって、女性が働きながら子どもを持って生きていくことが当たり前になるのは、30年もあと。

国連の男女平等の波と合わさって、初めて官制による男女協同参画の動きがスタートして、30年。ひょっとしたら今ようやくかもしれないですね。

今安倍政権が女性の活躍推進といって、ライフワークバランスや少子化対策とを発展しようとしていますが、男女協同参画が進んで、本物になるかどうかはこれからでしょうね。だかたこそ、こうした草の根の動きって大事だと思いますよ。

私たちの時代は「女のくせに」とか「嫁にもいかないで」とか言われて、仕事を持つだけでも大変でしたけれど、今は仕事を持った人がどういう働き方をするのか、自分がどう世の中に貢献できるのかが課題だというところまで来ましたものね。それはやっぱり皆の力でここまで来たんだと思いますね。

国連女性の 10 年は私もすごく影響を受けていて、1985年のナイロビ大会からの帰りの飛行機の中で、結婚や出産で家庭に入った女性の再就職を応援しようということになりました。戻ってすぐに、「主婦の再就職ノート」という本を出したんです。

この本の著者たちが集まって再就職センターを作り、講座を練って保育もつけて、再就職を応援するという講座をスタートさせました。当時横浜の女性フォーラムで「ル・トラバイエ」ができるなど、再就職講座はたくさんできました。私もどれだけあちこち講師で行ったかわかりません。
再就職センターが日本中でブームになったんですね
そうです。その頃からハローワークでも行政でも始めましたね。でも再就職というのは、やっぱりパート、時間給でしかないんです。雇用期間がついていて、103万円の年収の限度がある。その条件でしか採用してもらえない。大学出ても、大学院出てもそんな状態なので、なんとかできないかなと悩みましたね。

私たち必死になって相談に乗ったりしたのですが、これはもう、最初の就職をもっとちゃんと選ばないといけないんじゃないかとか、恋愛にはまず男性の考え方を選ぶことが大事なんじゃないかとか(笑)とか、そうしたトータルに女性を支援する活動ができないかと思い、1993年に「女性と仕事研究所」という名前にしたんです。

だから私はもう、「女性が仕事をする」というテーマから離れたことがないです。女性が自分一人と子どもを連れて生きていく。夫はいてもいなくても良い(笑)というのが基本です。小学生の時からずっと思っていたかもしれません。だってお金が無いと身動きできないし、不自由ですもん。
ずっと大学で教師をされていたのですか
1985年の第3回世界女性会議NGOナイロビ大会から帰ってきてすぐ、京都精華大学で女性学を教えました。女性学は1975年にお茶の水大学で始まって、京都精華大学は関西で始めて取り入れたそうです。

同志社大学でも同じ頃に講義をもちました。全学でひとつだけ神学部にあったんですよ。チャペルの下でね。同志社大学の学校案内には、新しい授業といっていつも出ていましたね(笑)。学生たちはカップルで受講していた人もいました。その後85年から関西大学で、去年までずっと30年近く女性学を担当していました。東京の中央大学へ単身赴任した時期もありました。
その後、実践型NPOとしての活動を開始されました。
NPOという働き方を知ったのは90年代ですが、やっぱりこれもアメリカから、フェミニズムと同じ頃に入ってきたんです。「もう1つのアメリカ」とか、「オルタナティブな生き方」とか、「第三番目のセクター」といわれるNPOに関心がありました。

今までは、企業で働くか公務員になるしか考えられなかったけれど、ノンプロフィットオーガナイゼーション(Non profit Organization)という、今までにないような働く道がある。これは面白い、やってみたいと思ったんです。1995年の阪神大震災の時、ボランティアが神戸に130万人も集まったことを機に議員立法でNPO法というのができ、法人格が取れるようになったので、女性と仕事研究所をNPOに申請したんです。

NPOというのは、私が今までやりたかったことを、うまく凝縮されているなと思いました。新しい働き方だから、もちろん男女平等ですし、仕事に対する給料の払い方も新しい。時間単位で残業代を払うのではなく、できる範囲の仕事を、家庭生活も大事にしながら仕事をする。それは私がずっと考えてきた、女性が活き活き働いて社会貢献に繋がることですから、これはいいと。

そこでまた、アメリカやヨーロッパのNPOを見て周ったり、海外で働く女性たちに聞いてみたり、やっとNPOで女性が働くということを確立できると思って頑張ってきました。
この30年、日本の女性たちはどのように変わってきたと思われますか
昔から男女平等の動きはありました。地域の婦人会といった組織的な女性団体と個人を重視し私も何かやりたいという若い人たちとの運動がせめぎあっていましたが、新しいタイプの人が増えてきましたね。働くことも当たり前になってきましたが、子どもは「母の手で」ということに関してはまだ根強いものがあります。相当迷いがありますね。

働きに出ることで、子どもに可哀想な思いをさせるんだったら、子どもを産まないとか、結婚しないほうがいいとか。新しい考えの人は増えてきたけれど、まだ前に進みきれないところがあるように思います。それは夫のほうの働く時間が長すぎることや、夫の理解もまだまだなんでしょうね。
女性の力とは何でしょうか
私はね、女性には子どもを産む性にしかないパワーというものがあると思っているんです。男女平等と言うとすぐに権利を行使するというように思われがちですが、精神的なというか、直感的なというか、優れている感覚が女性にはあると思います。

理論や数字じゃなくて、感じる心、感性がいろんなものを創りあげることが、これから大きな力になって組織も商品もサービスも変えていくんじゃないかと思っています。感性の豊かさが、成熟した社会になるためにも大きく影響していくのだと思っています。
一方で、女性特有の感覚だけで突っ走ってしまうこともあります。
そう。やっぱりそれはトレーニングしないといけないんです。フェミニズムの基本というのは、アサーティブ(自己主張ができること)になることと、コンシャスネスレイジング(CR)。自分を表現できるということと、自分の価値を高く持っていること、この2つだと言われています。 私はキャリアドバイザー養成講座も再就職講座も、学校の授業も皆、これを中心にやってきました。

きちんとモノを言えるようになろう。相手を怒らせると何もならないし、言うことが届かなければ何もならない。きちんと言えるためには、自信を持とうということです。そういうトレーニングはこれからの女性に必要だと思いますね。泣いたりヒステリーに怒ったり、「私ばっかり損やわ」と言うだけじゃなくて、トレーニングすればもっと力を発揮できると思いますよ。
女性と仕事研究所は、新しい世代に交代されましたが、今後はどのように見守っていかれますか
スパッと離れることも良いかなと思っています。新しい時代には新しい器が必要ですから。徐々にというやり方もあるでしょうけど、やっぱりドラスティックな変化も必要だと思います。30年、我ながらよくやったと思います。それで充分勲章でもありますし、引き継いで下さった諸田さんには感謝しています。
ありがとうございました。
 
(取材:2014年6月 関西ウーマン編集部) 
 

 

 

 


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