女たちのテロル(ブレイディみかこ)
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![]() パンクでファンキーな女性たちの評伝 女たちのテロル
ブレイディみかこ (著) 金子文子、エミリー・デイヴィソン、マーガレット・スキニダーという3人の女性たちの刺激的な評伝です。彼女たちはいずれもおよそ百年前、当時支配的であった思想や社会体制に抗い、行動を起こした人物です。
テロル(テロリズム)は、もともと恐怖政治(政府が、暴力や恐怖によって人民を支配すること)を意味していましたが、今日では、政府が、敵対者(テロリスト)への武力行使を合法化するために使用されることが多く、とても自己中心的な言葉になっています。本書では「テロル」は、時代に抗った彼女らの生き方に対する共感を呼び起こす言葉になっています。 本書では、この3人の物語が同時進行的に行ったり来たりします。それがこの物語に活気を与えているのですが、しかしこの紹介文では、その面白さをお伝えすることは断念して、登場人物を一人ずつ紹介させていただきます。 一人目は金子文子(1903?-26)です。彼女は、親が出生届を提出しなかったため、無戸籍者として育ちます。朝鮮で暮らしていた祖母の元に送られますが、そこでも虐待を受けます。ろくに教育も受けさせてもらえなかった文子は、13歳のある日、絶望して投身自殺を図ります。 そのとき急に鳴き始めた油蝉の声で我に返った文子は、この世には、美しい自然、愛すべきものが無数にあることに気づきます。そして、死んではならない。貧しい人や朝鮮の人たち、社会の下層で自分と同じように苦しめられている人々と一緒に、苦しめている人々に復讐をしてやらねばならぬと誓います。 その後、日本に送り返された文子は、苦学しながら職を転々とし、朝鮮出身の朴烈と出会い、同志として共に生きることにします。文子は朴と共に社会運動を展開しますが、皇太子(のちの昭和天皇)の爆殺を企てたとして捕らえられ、死刑を求刑されます。 のちに朴と文子は恩赦により無期懲役に減刑されますが、文子は恩赦状をビリビリと破り捨てたそうです。1926年7月、文子は獄中で縊死したとされますが、亡くなったときの状況には不明な点も多いそうです。 2人目のエミリー・デイヴィソン(1872-1913)は、20世紀初頭、イギリスで女性参政権運動を展開した女性団体(WSPU)の一員で、その過激さから「マッド・エミリー」と呼ばれた武闘派の女性活動家です。彼女は投石や放火といった直接的な抗議行動も辞さず、刑務所ではハンガーストライキに訴えます。 当局は、彼女らサフラジェットと呼ばれる過激な活動家が獄中死して英雄になることを避けるため、無理やり栄養を流し込む強制摂食を行います。これは非常に苦しく屈辱的なもので、心身にダメージを与えるものでした。 エミリーは何度もの投獄、ハンスト、自殺未遂を繰り返したのち、ダービー(競馬)会場に現れ、メインレースで疾走中の国王所有の馬にスタスタと歩み寄り、跳ね飛ばされて亡くなります。女性参政権を訴えるためにWSPUの旗を国王の馬に付けようとしていたとも言われますが、彼女の死は「殉教」として神聖化されていきます。 3人目のマーガレット・スキニダー(1892-1971)は、英国からのアイルランド独立を求めて闘った女性です。彼女はスコットランドで育ちましたが、両親はアイルランド人でした。子どもの頃、休暇になると両親に連れられてアイルランドを訪れていましたが、英国人農園主の豊かな暮らしと、アイルランド人たちとの甚だしい貧富の差を目の当たりにしたことで、スコットランドにおけるアイルランド独立を目指す義勇軍に参加します。 第一次世界大戦時、イギリスは女性たちにも狙撃訓練を行うライフル・クラブを組織しました。マーガレットはここで狙撃を教わり、凄腕のスナイパーになります。大英帝国を守るためのクラブで、彼女は、大英帝国に向かってライフルを撃つ訓練を受けたのです。 1916年4月、アイルランドのダブリンで、大英帝国に対する蜂起が起こります(イースター蜂起)。このとき、蜂起軍の指導者が読み上げた「共和国宣言」には、アイルランドのすべての青年(成年)男女の参政権も高らかに宣言されています。 マーガレットは、蜂起軍の伝令そして狙撃手として戦闘に参加しますが、負傷してしまいます。彼女が入院しているあいだに、蜂起軍は降伏、リーダーたちは処刑されてしまいます。わずか2週間ほどのことでした。 しかし、この出来事はアイルランドの人々の「反逆の魂」を奪うことはありませんでした。第一次大戦後、1918年の選挙で、英国ではようやく制限付きながら女性参政権が認められます。このとき唯一女性で当選を果たしたのは、イースター蜂起の中心人物の一人で、マーガレットが敬愛していたマダムことコンスタンス・マルキエビッチ伯爵夫人でした。 著者のブレイディみかこさんは、直接行動を起こした女性たちに「呼ばれた」気がしたと、あとがきで述べています。本書は、彼女らがリズムよく生き生きとした文体でよみがえるファンキーな評伝です。 19世紀後半のイギリス議会で女性参政権を主張したJ.S.ミルの『女性の解放』もおすすめです。エミリーらサフラジェットを主役とした映画「未来を花束にして」の鑑賞録をブログに載せています。よろしければそちらもどうぞ。 女たちのテロル
ブレイディみかこ (著) 岩波書店 どん底の境遇から思想を獲得し、国家と対決した金子文子。武闘派サフラジェット、エミリー・デイヴィソン。イースター蜂起のスナイパー、マーガレット・スキニダー。百年前の女たちを甦らせ未来へ解き放つ、三つ巴伝記エッセイ! 出典:amazon ![]() 橋本 信子
大阪経済大学経営学部准教授 同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。専門は政治学、ロシア東欧地域研究。2003年から初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発にも従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。 BLOG:http://chekosan.exblog.jp/ Facebook:nobuko.hashimoto.566 ⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら |