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女性の解放(J.S.ミル)

残念ながら、いまもってタイムリーな本

女性の解放
J.S.ミル (著)
今月のおすすめの一冊は、19世紀イギリスを代表する経済学者・哲学者ジョン・スチュアート・ミルの『女性の解放』です。原題は “The Subjection of the Women”、直訳すれば「女性の隷従」となります。約150年前(1869年)に発表されたものですが、残念ながら、いまもってタイムリーな本です(岩波文庫版は2019年に復刊しています)。

もちろん150年前から見れば、状況は改善しています。少なくとも先進国では、女性も参政権を持ち、最低限の教育を受ける機会が保障されています。それでも男女の平等はいまだ達成できていません。

こうした現状に異議を申し立てるうえで、この本は大きな助けになってくれます。ミルの論理は強靱です。彼は、「女性(男性)とはこういうものだ、こうあるべきだ」「神の定めた運命だ」というような前提を一切排除します。歴史上の事実だけを例に挙げて論じます。その議論は、膨大な読書と研究によって培われた知識と見識に裏付けられています。

ミルの主張は、愉快、痛快、明快で、ときに辛辣です。思わず吹き出す箇所もたくさんあります。

彼はまず、女性が隷従している社会や制度は、女性の筋力が男性に劣っていたという事実にもとづいて生まれたものであると断じます。そしてそれは、男性が優越する社会以外のパターンを試した結果選択されたものではないと論じます。

そして、女性の隷従が、奴隷制がなくなったあとでさえ続いている理由は、隷従状態にある側が強者に対抗できるだけの力をよほど蓄えないかぎり、強者はその権力を「けっしてみずから進んでこれを捨てはしない」からだと言い切ります。

しかも、女性に対する支配は、階級や能力にかかわらず、すべての男性が持ちうる権力です。男性であるというだけで、権力を持っているという自尊心を満足させられ、その権力を行使することによって個人的利益が得られるのです。そのような権力は、なかなか手放したくないものだというわけです。

男性が優越するのは知力や道徳心などにおいて優れているからだという説も、ミルは完全に否定します。むしろ、歴史上、女性は優れた統治者(女王など)を輩出しているではないかと切り返します。自分が統治者になるかもしれないという環境で育てば、女性もその力を伸ばし、発揮できることを彼女らは示してきたと例証します。

女性からは優れた哲学者や作曲家、画家が出ていないという主張に対しては、比較の対象がおかしいと反論します。そもそも、傑出した芸術家はプロのなかのほんの一握りの人たちです。そのような職業芸術家のうちでも優れた者と、素人の女性を比較してどうするのだ、比べるとすれば素人の女性と素人の男性だろう、だいたい女性は教育や活躍の場を与えられてこなかったじゃないか、試してもいないことで能力の有無を推定することはできないと言います。

ミルの考えで、とりわけハッとさせられるのがここです。彼は、活躍の場を広げれば、教育の水準も上がり、そうすれば力のある女性が出てくるのだと主張します。現代でも、女性はリーダーになろうとしないとか、理系に進もうとしないなどと言われますが、逆なのです。活躍の場が閉ざされているから、その道に進む女性が増えないのです。

そういえば、かつては、電車の運転手や車掌は、ザ・男の仕事の典型でした。が、今では多数の女性運転手や車掌が活躍しています。まさに、門戸を開けば、その道に進む人が続々誕生すること、男女に能力差などないことの証明ですね。

そうそう、ミルは、男女間の筋力の差については認めていますが、体力の差は人それぞれであるとも言っているんですよ。

現代の感覚からすればミルの限界を指摘することは出来ます。彼は女性と男性は同等であると強く主張し、女性の参政権を訴えた人物ですが、他方で、結婚した女性、子を持つ女性の就業については積極的ではありませんでした。ミルは男性が家事に携わることなど思いもしなかったようです。その点に関しては従来からの性別役割分担の考え方にとどまったままでした。

しかし、ミルの時代から150年、人類はさらにさまざまな経験や実践を積み重ねてきました。その事実を知る現代の私たちは、ミルですら発想しえなかった、よりよい社会や制度を追求していくことができるのです。そのさいに、既成概念や思い込みにとらわれず真に公正な社会のありようを考え抜いたミルの議論には、おおいに学ぶべきところがあると思うのです。
女性の解放
J.S.ミル (著)
大内 兵衛 (翻訳) 大内 節子 (翻訳)
岩波文庫 1957年
profile
橋本 信子
同志社大学嘱託講師/関西大学非常勤講師

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。同志社大学嘱託講師、関西大学非常勤講師。政治学、ロシア東欧地域研究等を担当。2011~18年度は、大阪商業大学、流通科学大学において、初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発に従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら



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