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シベリアのトランペット(岡本 嗣郎) 他

極限の地の心の糧

シベリアのトランペット
もうひとつの「抑留」物語
岡本 嗣郎(著)

南の島に雪が降る
加東大介 (著)
収容所や刑務所のような、社会から隔離されて自由のない場所でも、いえ、そういった場所であるからこそ、人は娯楽や芸術を強く求めるようです。日本やヨーロッパでそうした施設の跡や博物館を巡っていると、展示物のなかに、収容されていた人びとの手作りのボードゲーム(チェス、囲碁、将棋など)や、楽器、文芸作品、手工芸品などを見ることができます。

今月の2冊はいずれもそのような私たちの日常とはかけ離れた環境で生み出された文化活動を記録したものです。

『シベリアのトランペット』は、終戦後、ソ連に抑留された日本人が極東のライチーハ収容所で結成した楽劇団の関係者を訪ねてまとめたものです。ライチーハ収容所はソ連人所長をはじめとする管理者らが芸術活動を奨励したおかげで、団員は肉体労働が免除され、毎日練習ができたそうです。

他の被収容者や職員、近所の住民らも彼らの舞台を心待ちにし、本番ではやんやの喝采、賛辞が寄せられたそうですが、一方で、団員以外からのひがみややっかみもあったといいます。団員らも、恵まれた状況をありがたいと思いつつ、飢えや疲労、病気で亡くなっていく仲間たちに申し訳なさを感じ続けたようです。

帰国後、団員らはソ連側に取り入った者とみなされ、警察から何度も尋問を受けたり、職探しに苦労したりしたそうです。なかには10年にもわたって警察に尾行されつづけた人もあったという話に胸が痛みます。

評論家の山本七平氏と彫刻家の佐藤忠良氏の対談も紹介されています。本書の舞台とは別の収容所ですが、家具職人・大工・製材職人らは、その腕を買われて仕事を与えられると、精神的に安定するのか、「ピンとしていた」そうです。あるいは職人でなくても、木の根を拾ってきて、ちょっとした時間にそれを削ってパイプを作るなど、何かを創造することが辛い収容所生活の支えになっていたということです。

なお、本書で紹介されている、収容所で使われていたトランペットは舞鶴引揚記念館に展示されています。私のブログに実物の写真を掲載していますのでご覧ください。

さて、『シベリアのトランペット』の読書記録を読書サイトに書いたところ、ある方から『南の島に雪が降る』を教えていただきました。著者を意識せずに読み始めたところ、姉の沢村貞子、甥の長門裕之、津川雅彦と著名な役者さんの名前が次々出てきて、えっ! 著者の加東大介さんは、舞台、映画、テレビで活躍された役者さんで、本書は本人の手による回想記だったのでした。

加東さんは、昭和18年(1943)に、衛生伍長としてニューギニアのマノクワリに派遣されます。マノクワリは戦闘こそほとんどありませんでしたが、食料が尽きて病気や飢えが蔓延していました。先が見えないなかで、兵士の士気は下がり、いざこざが絶えませんでした。

そこで、上官の命により、すでに役者として名が知られていた加藤さんが班長となって演芸会を催すと、それが大評判。本格的に活動をすることになります。

幹部の肝いりで資材や人材が惜しみなく投入され、立派な演芸場も造られます。各部隊から演芸班に参加したいという兵を集めてオーディションしたり、慰問に行った先で芸ができそうな兵士をスカウトしたりして、劇団メンバーも揃っていきます。

メンバーもそれぞれの力をフルに発揮し、あるいは新たに開拓して最高の芸を披露します。あまりの人気のため、毎日毎日、文字通り休むことなく上演したそうです。当時7千人がニューギニアに駐留していたそうですが、その誰もが観覧を楽しみにしていました。瀕死の兵が生きる気力を振り絞って見に来たり、あるいは別の兵は観覧後に満足して亡くなったりと、単なる娯楽を超えた活動になっていきます。

とはいえ、演劇だけやっていてはやっかみも生じるだろうからと、日中は畑仕事にも従事し、夕方以降は練習に上演と、劇団メンバーは休む間もない日々だったとのこと。加東さんは上層部の覚えもめでたく、配置転換になる幹部に伴われて内地に戻るチャンスもありましたが、自分たちを待つ兵士たちと舞台を捨てられずマノクワリに残ります。

幸い、加東さんは無事帰還され、戦後も俳優として多くの作品に出演されました。本書もご本人主演で映画化されました。明るく軽妙な文章で、演劇の才のみならず、文才にも恵まれた方だと感じ入りました。

終戦後のシベリア収容所と戦中の南洋の占拠地という、いずれも非常に厳しい環境と条件下で、これほど充実した文化活動ができたのは、人は衣食住と同じくらい、もしかしたらそれ以上に、心の糧を欲するものだからなのでしょう。とはいえ、このような過酷な状況下に置かれる人々がいないような世界になってほしいものです。

シベリア抑留と文化活動に関しては『収容所(ラーゲリ)から来た遺書 』もどうぞ。
シベリアのトランペット
もうひとつの「抑留」物語
岡本 嗣郎(著)
集英社 (1999)
舞鶴引揚記念館に展示されているトランペット。それはシベリアに抑留された日本人捕虜たちがつくった楽劇団「新星」の涙と汗、そして運命が詰まった記念品だった。極寒の日本人捕虜収容所に誕生した巡回慰問の楽劇団の軌跡。 出典:amazon

南の島に雪が降る
加東大介(著)
ちくま文庫 (1995)
昭和18年10月、俳優加東大介は大阪中座の楽屋で召集を受け、ニユーギニア戦線へ向かった。日本側の敗色すでに濃いジャングル。死の淵をさ迷う兵士たちを鼓舞するために“劇団”づくりを命じられた。-“舞台”に降る「雪」に故国を見た兵士たちは、痩せた胸を激しくふるわせる。感動の記録文学。 出典:amazon
profile
橋本 信子
大阪経済大学経営学部准教授

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。専門は政治学、ロシア東欧地域研究。2003年から初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発にも従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
Facebook:nobuko.hashimoto.566
⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら



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