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黒い司法(ブライアン・スティーヴンソン)

他山の石としたい

黒い司法
―黒人死刑大国アメリカの冤罪と闘う
ブライアン・スティーヴンソン(著)
2020年制作の映画「黒い司法 0%からの奇跡」を見る機会がありました。いまだ黒人差別が強く残るアメリカの南部アラバマ州を舞台に、駆け出しのアフリカ系アメリカ人弁護士が死刑囚の冤罪を晴らすべく奮闘する、実話に基づく映画です。興味を引かれたので映画の原作本である本書を読みました。著者は映画の主人公ブライアン・スティーヴンソン氏本人です。

2020年といえば、アフリカ系アメリカ人のジョージ・フロイトさんが、白人警察官に首を押さえて拘束され亡くなった事件を発端に広がった黒人差別への抗議運動「ブラック・ライブズ・マター」が起こった年です。そのときも報道の動画を見ながら、いまだにアメリカではこれほどまでに非白人への差別や暴力が横行しているのかと驚きを覚えました。

「黒い司法」は、それよりも前から最近までのアメリカの司法における非白人への差別や厳罰主義の実態と、その是正を勝ち取っていく苦闘が記された濃厚な本です。たいへん読みやすく引きつけられる文章ですが、述べられる実態があまりにひどくて、読んでは休み、読んでは休み、そのたびに家族に「アメリカの警察やら司法は酷いわー」と吐き出さずにはいられない内容でした。

映画では、白人少女の殺害事件の犯人にでっちあげられたアフリカ系アメリカ人、マクミリアン氏の冤罪を晴らす話が中心になっています。マクミリアン氏は、その事件当日、地域の行事に参加しているのを多くの人に目撃されていました。普通に捜査すれば、彼には不可能な犯行であることは明白なのに、あれよあれよと殺人犯に仕立てられていきます。

その背景には、白人既婚女性と関係をもったことが明らかになったマクミリアン氏に対する白人社会の憎悪がありました。なかなか殺人犯が検挙できないことへの地元社会の苛立ちが高まるなかで、なんとかそれらしき人物を犯人として挙げなければと考えた当局にとって都合の良い人物として「白羽の矢」が立ってしまったのです。

それでも、アリバイのある人を犯人にできるのかという疑問があります。マクミリアン氏が犯人であるという証拠もまったくないのです。そこで捜査当局は、別件で逮捕された人物に、マクミリアン氏から犯罪への加担を促されたと証言するように持ち掛けます。別件で死刑判決になる恐れがあったその人物は、自分の死刑を回避するために警察に協力してしまうのです。

マクミリアン氏が犯人だという「証拠」は、ほぼその人物の「証言」くらいしかなく、犯人ではないという証拠は山ほどあるというのに、まともな審理は行われず、ろくな弁護活動も行われることなく、死刑判決が下ってしまいます。

青年弁護士ブライアンは、事件に関わった当局の人々やマクミリアン氏が拘留されている監房の関係者、司法担当者らの非協力的な態度や、匿名の脅迫状にさらされながら、マクミリアン氏が潔白である証拠や新証言を集めていき、審理のやり直しを勝ち取ります。

この一件だけでも、非白人に対するずさんな捜査や裁判手続きにあぜんとするのですが、原作本の方では、さらに驚くべき実情が次々と紹介されていきます。それは、主に非白人の少年、知的障害のある人びと、女性に対する過剰な刑罰や処遇です。彼らはほとんどが貧困層です。

著者によれば、少年の頃に罪を犯したとしても、適切な対応がとられれば、目が覚めるように更生するといいます。しかし殺人を犯したわけでもなく比較的軽い罪を犯しただけなのに、仮釈放なしの終身刑が課される事例が頻発しているといいます。しかも少年は刑務所で性犯罪の対象になることが多いため、独房に入れられることもあり、その場合、何十年という歳月を1畳ほどの閉鎖空間で生きることになるというのです。

女性の場合、麻薬の摂取や、死産した子の遺棄の疑いで罰せられる人が増えています。厳罰主義を徹底した結果、彼女らは刑期を終えたあとも社会保障を受けられなくなり、適切な医療や最低限の生活保障すら受給できないという事態も起こっています。

映画の中心人物の一人であるマクミリアン氏のその後についても、本書では詳しく書かれています。冤罪や過剰な刑罰が及ぼす心身への影響についても私たちはもっと思いを及ぼす必要があるでしょう。

こんにち日本でも、非行少年や障害者、女性、貧困層に対する攻撃が強まっているように思えます。本書を読むと、アメリカの硬直した、敵愾心を煽る社会のあり方に恐れを抱いてしまいます。しかしそれを他所事として捉えるのではなく、私たちの社会でも傷つきやすく攻めやすい人々をさらに攻めることで自己を満足させるようになって来ているのではないかと思いを巡らすべきです。

非常に重く深刻な内容ですが、著者らの努力が実を結んだ司法改革や、著者の背中を押してくれた女性たちの心に迫る名言などは、人の寛容とあきらめない強い心、希望を授けてもくれます。映画「黒い司法」と、著者のTEDでのスピーチも併せてぜひどうぞ。

TEDを紹介したブックレビューこちらをどうぞ。
黒い司法
―黒人死刑大国アメリカの冤罪と闘う
ブライアン・スティーヴンソン(著)
亜紀書房
白人の人妻と関係を持った黒人――それだけで犯してもいない殺人の罪で死刑を宣告されたウォルター・マクミリアン。 彼の冤罪を証明するべく人権弁護士ブライアンは奔走する。 仕組まれた証言、公判前の死刑囚監房への収監、大半が白人の陪審員、証人や弁護士たちへの脅迫……。 数々の差別と不正を乗り越え、マクミリアンとブライアンは無罪を勝ち取ることができるのか。 黒人が不当に差別されてきた米国司法の驚愕の事実を踏まえつつ展開される衝撃のドラマ。 出典:amazon
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橋本 信子
大阪経済大学経営学部准教授

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。専門は政治学、ロシア東欧地域研究。2003年から初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発にも従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
BLOG:http://chekosan.exblog.jp/
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⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら



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