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東京近江寮食堂(渡辺淳子)

まさに日本版サードプレイス

東京近江寮食堂
東京近江寮食堂 宮崎編 家族のレシピ
東京近江寮食堂 青森編 明日は晴れ

渡辺 淳子 (著)
そこに行けば、温かく迎え入れられて、おいしいものがあって、ひとり静かに味わうこともできるし、誰かと話したり新しい誰かと出会えたりもする。そんな場所があるといいですよね。

以前ブックレビューでご紹介した、オルデンバーグ『サードプレイス コミュニティの核になる「とびきり居心地のよい場所」』は、家庭や職場以外のそんなとっておきの場所の効用を述べた社会学の本でした。

でも、オルデンバーグの本には古いステレオタイプな認識が見え隠れしていて、例えば男性優位なところもあって、少し気になりました。それでも彼の主張はたいへん興味深いので、もっと良い事例が見つからないかなと思っていました。

そしてついに見つけました。小説のなかに。渡辺淳子さんの『東京近江寮食堂』シリーズです。

東京近江寮は、千駄木にある滋賀県の宿泊施設です。主人公の妙子は、定年退職前の有給休暇を利用して滋賀県からやって来ました。実は失踪した夫の行方を捜すための上京だったのですが、ハプニングが重なって、しばらく近江寮の食堂で料理を作ることになります。

素朴だけど、ていねいで心のこもった妙子の料理は評判を呼び、妙子も自分の料理が喜んでもらえることにやりがいを感じます。管理責任者で同年代の安江や、その義母ヨシ子さん、近江寮の長期滞在客たちとの交流を通じて、妙子は、自分と夫との人生に向き合い、これからどう生きて行きたいのかを問い直し、みずからが進むべき道を見つけます。

耐震性の問題から近江寮の建物は閉鎖されますが、安江と妙子は、屋号はそのままに、独立して近くの古民家で食堂を続けます。2作目、3作目は、この新生・近江寮食堂に集う人たちが、食べることを共にすることを通して、家族の問題や職場の悩みを共有し、乗り越えていくお話です。

たとえば子どもの極端な偏食に悩む若いママの話があります。彼女が出していたSOSをキャッチして、そこに寄り添うお話は、孤立する家庭への援助のあり方を考えさせてくれました。

おばちゃんたちがお節介できたのも、ママがそれを受け入れられたのも、近江寮食堂が指導や強制の場ではなく、行っても行かなくてもよい、でも行けば居心地のよい場所だったからです。

そこには、ふだんは付かず離れず、でもときにはぐっと立ち入って世話を焼いてくれる、あったかいアラ還の“食堂のおばちゃん”がいるのです。

親との関係がこじれて遊び歩く大家の娘も、不愛想だけどたまに頼りになるアラフォー独身男性も、婚約中のカップルも、近所に住む高齢の人たちも、仕事帰りの会社員も、子育て真っ最中のママたちも、誰もが来たい時に来て、対等な立場で、ゆるやかな関係性をもつことができる場所。それが近江寮食堂なのです。

もちろん、本書に登場する食べものも魅力的です。近江寮食堂では、誰もがなじみのある定番料理に、滋賀の郷土料理をアレンジしたもの、大家さんのルーツである宮崎の郷土料理、新しく雇ったアルバイトの出身地である青森の料理などが、次々メニューに加わります。

まさに日本版サードプレイス。こんな食堂が、職場か自宅の近くにあれば、私も足繁く通っちゃいそうです。

現在、3作目まで刊行されていますが、お話はまだ続きそうです。続きが楽しみです。
東京近江寮食堂
渡辺 淳子 (著)
光文社
定年退職を間近に控えた妙子は、十年前に消えた夫の行方を探すため東京にやってきた。慣れない土地でのひょんなトラブルから、谷中にある宿泊施設、近江寮にたどりつく。個性的な管理人や常連客の貧しい食生活を見かねた妙子は彼らの食事を作り始めるが、その料理はやがて人々を動かし、運命を変えていく。そして彼女自身も―。おいしくてせつない、感動長編。 出典:amazon

東京近江寮食堂 宮崎編
渡辺 淳子 (著)
光文社
妙子が食堂の料理人を務める、東京・千駄木の近江寮が取り壊されることに。やっと見つけた引越し先は、ある大学教授が格安で貸してくれた古い日本家屋だ。再出発に張り切る妙子だが、その物件には大きな秘密があるようで、しかも教授のひとり娘まで預かることになり―!?普通のおばちゃん、妙子の作るおいしい料理が、皆の絆を作ってゆく。おなかが空く感動作。 出典:amazon

東京近江寮食堂 青森編
渡辺 淳子 (著)
光文社
妙子と安江、二人のおばちゃんが営む谷中の東京近江寮食堂は本日も大賑わい。新人バイト・睦美の出身地、青森のご当地料理が好評なのだ。そんな中、子連れ客・絵美里の様子が気になり、妙子たちは声をかける。息子の偏食を直したいと言う彼女のために、特別なメニュー作りを思い立つのだが―。下町の食堂に集う人々と、心のこもった料理の数々が胸をうつ、感動作。 出典:amazon
profile
橋本 信子
同志社大学嘱託講師/関西大学非常勤講師

同志社大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。同志社大学嘱託講師、関西大学非常勤講師。政治学、ロシア東欧地域研究等を担当。2011~18年度は、大阪商業大学、流通科学大学において、初年次教育、アカデミック・ライティング、読書指導のプログラム開発に従事。共著に『アカデミック・ライティングの基礎』(晃洋書房 2017年)。
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⇒関西ウーマンインタビュー(アカデミック編)記事はこちら



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